アキレスと亀の未知なる未来



「――『英雄と亀の定理』を知っているかい?」
「……何だ、それは」

 それは、あるのどかな日の昼下がり。
 不意にオスカーが振ってきた聞き慣れない言葉に、アイクは広げていた戦術書から視線を上げて首を傾げた。

「足の速い事で有名な英雄と、亀とで競走をする事になった。
 ここで亀を英雄の数メートル先からスタートさせたとすると、英雄が亀を追いかける形になるね?」
「……ああ」
 羊皮紙に羽ペンで図を描きながら説明する青年に、いまいち話の脈絡が掴めないながらも頷くアイク。
「じゃあ、この二人……正しくは一人と一匹かな、この後どうなると思う?」
「どうなるって……すぐに英雄が亀を追い抜くだろう」
 至極真っ当な予想を述べる青年に、オスカーはどこか悪戯っぽい色を含んだ笑顔を向けた。
「果たして、そうかな?」
「……?」
 疑問符を浮かべる蒼藍の瞳を、彼は手にしたペンで再び紙上へと誘う。

「亀が最初にスタートした地点に英雄が来た時、亀は当然その先に進んでいる。
 さらに十メートル先の地点に英雄が到達した時、その時間分だけ亀はさらに先へ進んでいる。
 さらに十メートル先でも、そのさらに先でも――英雄がその地点に到達した時には、必ず亀はそれより先に居る事になる。……この意味が解るかい?」
「……つまり、どういう事だ?」
 眉間にくっきり皺を刻むアイクを宥めるように微笑み、オスカーはペン先で軽く紙を叩いた。
「即ち、亀が歩みを止めない限り、英雄は永遠に亀には追いつけない――という事になるね」

 一瞬の間があって、明らかに納得できないといった表情で青年が唸る。
「……いや、それはおかしいだろう」
「じゃあ、この話のどこがどうおかしいのか、具体的に説明できるかい?」
 そう問われ、アイクは唇を真一文字に引き結んだ。そして何かを考える風で中空を睨む。
「……わからん」
 しばしの黙考の後、潔く掲げられた白旗に、オスカーはくすくすと笑った。

「――まあ、昔からある謎かけみたいなものだよ。
 有り体に言ってしまえば、一種の詭弁だ」

「勿論、現実には君の考えが正しいよ。
 私が言ったような事は、現実には起こり得ないからね。安心すると良い」
「……で、オスカー。
 今の話には、一体どういう意味があったんだ?」
 知識量が豊富で兵法にも長けるこの青年が言う事だから、てっきり戦術論に関する話なのだと思っていた。今もちょうど、借りた戦術書の内容について教えを請うていたところだったので、無意識にその流れで話を聞いていたのだが……。

「……いや。別に深い意味は無いんだよ」
 ただ、とオスカーは言葉を続ける。

「――いつか、君にとってこの知識が必要になる時が来るかも知れないからね。
 記憶のほんの片隅にでも、置いておいてくれればそれで良い」


 その時の彼には、青年が告げた言葉の真意は解らなかった。
 ただ、その面に浮かぶ穏やかな微笑みが、ほんの少しだけ寂しそうに見えたことだけが印象に残った。



 あれから半年。
 凶刃に斃れた父の跡を継ぎ、グレイル傭兵団の団長となったアイク。そこからさらに紆余曲折を経て、彼は今やクリミア=ベグニオンの連合部隊を率いる将軍となっていた。

 次の戦いに備えての軍議を終えた後、青年は野営地の中を通り抜け、ある天幕の入口をくぐった。
「オスカー、居るか?」
「アイク?」
 普段数人で使っている天幕には、今は一人しか居なかった。その一人――中で槍の手入れをしていた緑の鎧の騎士が顔を上げる。
 入口の布をばさりと下ろし、アイクは青年の傍らへと大股で歩み寄った。それを見つめる騎士の表情が微かに曇っている事に、果たして彼は気づいたかどうか。

「……軍議は?」
「終わった」
「次の進軍計画は?」
「決まった」
「各所への指示は……」
「済ませてある」

 矢継ぎ早な問いに、即座に返る答え。
 オスカーは口を閉ざし、僅かに眉を下げた。その微細な動きに気づく事なく、アイクは手に持っていた書物を彼に示して見せる。
「忙しい所すまん。あんたに訊きたい事があってな。
 この間借りた戦術書についてなんだが、これの……」
「アイク」
 遮るように名を呼ぶ、静かな声。
 この騎士が、他者の話している途中に割り込む事は滅多に無い。その行動に、声に、有無を言わさぬ気配を感じ取り、アイクは反射的に口を噤む。

「……突然すまない。けれど、これは言っておかなければならない事だと思うから」
 そう言って、青年は穏やかな双眸に厳しい色を刷いた。今まで幾度か目にしたことのある、それは苦言を呈する時の顔。
「アイク。君が私を頼りにしてくれるのは嬉しい。
 けれど……今後は、私と接触するのを少し控えた方が良い」
「……どういう意味だ?」
 眉根を寄せるアイクに、オスカーは真面目な表情で諭すように告げる。
「今の君は、クリミア解放軍を率いる将軍だ。そうなった以上、軍全体に対して平等に振る舞う必要がある。
 ……昔馴染みだからといって、傭兵団の者ばかりと親しくしていると、他の兵達には不平等と映る可能性もある。信用の低下に繋がる恐れのある行動は、可能な限り避けるべきだよ」
 淡々と、諭すように告げられた言葉に、アイクは一瞬虚を突かれたように青藍の双眸を見開いた。
「……別に、殊更に差をつけているつもりは無いんだが」
「君にそのつもりが無くとも、他者が君の言動をどう受け取るかは解らない。
 だからこそ、今まで以上に振る舞いには気をつける必要がある。……そうは思わないかい?」
「……あんたの言いたい事は解る」
 だが、とアイクは続けた。
「以前親父が言っていたように、傭兵団の連中はみな家族も同然だ。
 当然、あんたも俺にとっては家族だ。家族と親しくする事の何がそんなに悪い?」
「アイク……」
 困ったように眉を下げる青年を真っ直ぐに見据えて、アイクは低く問う。

「……ここ最近、何となくあんたが俺を避けているような気がしていた。
 それは、気のせいじゃなかったんだな?」
「……」
 沈黙は、何より雄弁な肯定の証。

「あまり俺と親しくしていると拙いから、そうやって一方的に距離を取っていたのか?
 ……あんたらしくもないな」
「……。
 君には理解し難いだろうけれど、組織というのは規模が大きくなるほどに、ほんの些細なきっかけで歪みが生じてしまうものなんだ」
 射るように見つめてくる蒼の双眸に、オスカーは微かに視線を逸らした。だがそれも一瞬の事、すぐに冷静な口調でアイクへと語りかける。
「君を取り巻く環境は、ただ傭兵団として活動していた頃とは全く違うものになってきている。
 今までは普通だった事が、今後もそのまま通るとは思わない方が良い」

「軍を預かる将という立場を、君はもう一度よく考えるべきだと思うよ」
 静かにそう告げて、青年はアイクから視線を外した。そして手にした槍を磨く作業へと戻る。
 その横顔から、これ以上話を続ける意思の無い事を感じ取ったアイクは、ただ無言で踵を返す他は無かった。



 その人はいつも、ある一定の距離から自分を見ていた。
 肉親ほどには近くなく、赤の他人ほど遠くない――不思議で絶妙な、その距離。

 彼が背後で見ていてくれると知っていたから、安心して前に進めた。
 彼が背中を守ってくれると解っていたから、躊躇わず剣を振るえた。
 振り向けば、いつだってそこに居る。それが自然で、当たり前過ぎて気がつかないけれど、無くてはならぬ存在。


 そんな彼が、自分を避けていると知った時。
 その事実に、少なからず動揺した自分が居た。

 彼だけは、いつまでも変わらずその場所に居てくれるものと思い込んでいた。
 信頼と言えば聞こえは良いが、改めて考えればそれは傲慢な押しつけではないか。そもそも彼に、自分の下にずっと居る義務など無いのだから。
 実力ある騎士の彼ならば、クリミアの王宮騎士団に再び加わることも出来るだろう。あるいは生涯の伴侶を得て、他の土地へ移ることだってあるやも知れない。

 ――彼が、自分から離れていく。
 その未来を考えた時、言い知れぬ感情が胸の奥に芽生えた。

 失いたくない、と心から思う。
 常に視線の先にあるその姿に安心感を覚える一方、助けられてばかりいる現状に忸怩たる思いを抱いてきた。守られるのではなく、その傍らに立ち、背中を預け合えるようにと望んだ。けれど、それは未だ成し遂げられてはいない。
 どれほどに追いつきたいと願っても、その背中はまだ遠い。自分がまだまだ未熟だと知っているからこそ、余計に。

 ――届かぬと解っているものほど恋しくなるのは、人の性か。
 空に浮かぶ月に憧れ、手を伸ばしたあの日のように。

(もっと)

(もっと、あんたの近くに行きたい)

 彼に追いつきたい。
 いつだって一定の距離を空けて立っている、その背中に触れたい。


 その想いを何と呼ぶのか、未だ色に目覚めぬ彼は知らない。
 ただ、彼と並び立っていたい――それだけを、切に願った。



 数日が過ぎた。

 その間、やはり戦闘時以外でオスカーがアイクに近づいてくる事は無かった。明らかに、距離を取られていると判る。
 そんな彼の姿に、アイクは苛立ちと切なさが募るのを感じていた。

 彼の言う事なら、耳に痛い事でも素直に受け入れられた。そう、今までは。
 だが、今回ばかりは従えない。
 彼は正論を言っていると、頭では理解していた。それでも、心は簡単に割り切れはしない。

 ――自身が彼に抱く特別な感情の存在に、気づいてしまったから。


 夕食を終えた直後、アイクは篝火の明かりを頼りにその姿を見つけ、声をかけた。
「オスカー」
 見慣れた背中が振り向く。僅かに困惑を滲ませた、柔らかい微笑み。
「……アイク。何か?」
「話したい事がある。
 一緒に天幕まで来てくれないか」
 単刀直入にそう告げると、相手は一瞬考えるかのように目を伏せた。断る口実を探しているのか、それとも。

「……。
 それは、団長命令かい?」
 探るような言葉と視線。
 それらを真っ向から受け止め、アイクは口を開く。
「――いや。
 これは俺自身の『願い』だ」
 その返答に、騎士は一瞬瞠目し。
 ふ、と息を吐くと、苦笑めいた微笑みを浮かべた。
「――解った。一緒に行こう」
「……すまん」
 短く詫びの言葉を述べて、アイクは踵を返す。背後に付き従う気配を背中越しに捉えながら、自身に割り当てられた天幕へと向かった。



「――それで、話とは?」
 狭い天幕内。当然椅子などは無く、代わりに腰掛けられそうな物も無い。簡易の寝台に並んで腰を下ろすやいなや、すぐにオスカーが口火を切った。
「……やっぱり、俺を避けているんだな」
 ぼそりと呟くように告げれば、やはりその話かという風に苦笑いを浮かべる。
「……誤解しないで欲しいんだが、決して君が嫌いだから避けているわけじゃない。
 ただ、この軍を率いていくにあたって、そうする必要があると判断したからだ」
 感情的にならず、あくまで穏やかに、正論でもって諭す。それ故に、彼の言葉は聞く者にとって逆らい難い。
「君も、解っているんだろう?
 私が考える程度の事を、君が理解できないとは思えないからね」
「……」
 そう、解っている。
 彼の指摘は何も間違ってはいない――だからこそ、心に引っかかる。

「……あんたの言いたい事は解る。それが正論だって事もな」
 だが、とアイクは一旦言葉を切り、ひとつ息を吸う。
「やはり、納得はできない」
「……ふむ。
 納得いかないのは何故なのか、理由を聞かせてもらえるかい?」
「それは……」
 そう問われ、アイクは珍しく言葉を濁した。

 あけすけに本音を言ってしまえば、理由は「自分が嫌だから」に他ならない。
 だが、それを正面切って告げるのは憚られた。まるで子供の駄々も同然の感情を、現状に持ち込む事など出来ないと自分でも解っていたし、それをこの青年が許すはずも無かったから。

 彼の進言が、自分の為にならなかった事は一度だって無い。彼が常に自分の事を考えてくれていると知っていたから、自分は絶対の信頼を寄せ、また彼もそれを裏切らなかった。
 だから、今回も素直に従っておくのが正解のはずなのだ。
 それなのに――何故自分は、ここまで拘っているのか。

 少しずつ、解り始めていた。
 彼が自分を避けている事、それ自体が問題なのではない。本当に彼へ伝えたい事は、もっと別にあるのだ。
 おそらくは、もっと根本的な部分――自分が彼に、どういう感情を抱いているのかという事。
 自身の内で形になりかけたその想いを、相手に伝えるための言葉を探す。
「……」
「アイク?」
「……俺、は」
 珍しくもはっきりした言葉を発しない青年を、細く優しい瞳が覗き込む。
「ちゃんと説明してくれないと解らないよ? アイク」


 嘘だ。
 あんたはそう言いながら、いつだって俺の思考を読んだかのように動く。
 何でも知ってるし、何でも出来る。あんたに解らない事なんて無いんだろう?

 だから。
 この思いだって――きっと、あんたは気づいているんだ。
 全てを知った上で、知らない振りをする。
 ああ、いつだってあんたはそうだった。常に俺や他の仲間の事を慮って、自分を抑えて。

 そんなあんただから、俺は――



「俺は――あんたが好きだ」


 一瞬、息を詰める気配。
 一呼吸の間をおいて、その人が笑う。何事も無かったかのように、穏やかに。

「……何だい、改まって」
 冗談めかした、曖昧な受け答え。
 わざと矛先をずらして、核心に触れず流そうとしているのだと本能で感じ取る。
「あんたは、どうなんだ」
 聞かせてくれ。そう食い下がると、一瞬考えるような間があって。
「勿論私も、君のことは家族として大切に思っているよ」
 返ってきたのは、つい最近までは確かに嬉しいと感じていたはずの言葉。

 ――また、かわされた。

 具体的に「何を」「どう」かわされたのか、それは解らない。ただ、「かわされた」という事実だけが、痛いほどに理解できた。
 激しくかぶりを振って、否定の意を示す。
「そうじゃない」
「何がだい」
「そういう事じゃないんだ」
「すまない。何が言いたいのか、私にはよく解らないな」
 伝わらない言葉。縮まらない距離。
 いつだって的確にこちらの意向を読み取っていた彼が、今に限って覚らない。気づかない。
 ――あるいは、気づかないふりをしているのか。

 こんなにも近くに居るというのに。
 その背中も、心も。何もかもが遠かった。


 ただ、埋まらない距離がもどかしくて。
 思わず手を伸ばし、その両肩を掴んだ。

 重心が傾き、二つの身体は折り重なるように敷布の上へ倒れた。互いの息遣いがつぶさに感じられるほどの間合いで、蒼と翠、二対の双眸がぶつかる。
 突然の行動にも、オスカーは抵抗する素振りを一切見せなかった。ただ静かに、自分の上に覆い被さる相手を見つめている。相手が自分を害する可能性を、全く疑ってもいないといった風で。
 透徹した眼差し、穏やかな表情――全くもって普段通りのその姿が、アイクを現実に引き戻した。

 彼に対し何かをしようという意思は、青年自身にも無い。いくら詰めても引き離される、その背中をどうにか捕まえたくて、半ば衝動的に起こした行為だった。
 物理的な距離をゼロにしたところで、彼に追いつけるわけでは無い――そんな事は解っているのに。


「……悪い」

 ぽつりと謝罪の一言を落とし、アイクは横たわる青年の上から身を引いた。

 何故、こんな行動に出てしまったのか。
 珍しくもばつの悪そうな表情で、がりがりと濃藍の髪を掻き毟る。その傍らで、青年がゆっくりと半身を起こした。

「……すまない」
 相手からも発せられた謝罪に、アイクは怪訝そうに面を上げた。
「――あんたのそれは、何に対しての謝罪なんだ?」
「……さあ、何だろうね?」
 解らなければ、それで良いんだよ。
 そんな風に言われた気がして、アイクは眉根を寄せた。


 いつもすぐ傍に居るのに、それ以上近づけない。
 それはきっと、この青年が意図的に自分との距離を保ち続けているからなのだと気づく。

 いつだってそうだった。
 どれほど手を伸ばそうとも、彼は決してそれを取ってはくれない。
 ただ優しく微笑みながら、こちらが詰めた分と同じだけ、また距離を離すのだ。

 脳裏に蘇るのは、他ならぬ彼が昔教えてくれた話。



『亀が最初にスタートした地点に英雄が来た時、亀は当然その先に進んでいる』
『さらに十メートル先の地点に英雄が到達した時、その時間分だけ亀はさらに先へ進んでいる』
『さらに十メートル先でも、そのさらに先でも――英雄がその地点に到達した時には、必ず亀はそれより先に居る事になる。……この意味が解るかい?』

 即ち、

『亀が歩みを止めない限り、英雄は永遠に亀には追いつけない――という事になるね』





 ――ようやく解った。
 あの日、彼が告げた言葉の真意が。

 こんな日が来ることを、彼はずっと前から予見していたのだろう。
 だからこそ……あの時、突然あんな話を持ち出した。
 英雄と亀。縮まらない距離。――永遠に追いつけない、その背中。


『――いつか、君にとってこの知識が必要になる時が来るかも知れないからね』


 あれは、警告。あるいは牽制。
 言葉遊びめいた謎掛けに隠して、彼は暗に告げていたのだ。
『その気持ちに応えるつもりは無い』と。


 それでも。

「……いつか」
「うん?」

 諦めない。諦めたくはない。
 その心を――本当の気持ちを、彼自身の口から知るまでは。

「いつか必ず、あんたの本音を聞かせてもらう」

 真っ直ぐに、その目を見据えて宣言すれば。
 いつものように、その人は何も言わず、ただ困ったように笑うだけだった。
 「待っているよ」とも「そのつもりは無いよ」とも取れる曖昧な表情……けれど、今はあえて追及しない。
 その答えは、先の宣言を達成すれば判ること。

 勝算が無いとは思っていない。
 何故なら、不可能だと言われていないから。

 彼が自分を見てきたのと同じ間だけ、自分も彼を見てきた。この青年ならば、万に一つもそのつもりが無いのであれば、そう言葉にしてはっきりと断るはずだ。
 その気持ちには応えられないと、彼にはっきり告げられたなら、それ以上追うことはすまい。だが、彼はそれをしなかった。ただこうして核心に触れぬようのらくらとかわすだけに留めているのは、彼本人にも何かしら思うところがある証拠ではないか。
 ――可能性は、まだ残されている。


 英雄は、永遠に亀には追いつけない?
 そんなものは詭弁に過ぎない。他ならぬオスカー自身が、そう言っていたではないか。

「……歩みを止めない限り、追いつけないと言ったな」
「え?」
 訝しげなその顔を、揺るぎない蒼の双眸で正面から見据えて。
 アイクは言い放つ。
「なら、どうにかして止めさせれば良い。
 その場に留まっていれば、簡単に追いつけるだろう」
「……!」
 その言葉に、オスカーは驚いたように瞠目して。
 やがて、やれやれと苦笑めいた微笑みを浮かべた。
「――まったく。敵わないよ、君には」



 追いついてみせる。どれほどに距離を空けられようとも。

 ――だから、何処にも行くな。
 俺が一人前になって、あんたの傍らに立つその日まで。


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