アマランサスの花言葉



「――キルロイ! すまない、すぐに来てくれるか!」
 自分を呼ぶ焦った声に、青年――キルロイはまたかと内心溜息をついた。

 心優しい青年にとって、敵味方を問わず、誰かが傷つくのを見るのは最も辛いことだった。
 もちろん、戦となればそんなことは言っていられない。一人でも多くの味方を苦しみから救うべく、治癒の杖を振るうのが彼の仕事だから。

 しかし、とキルロイは思う。
 何ゆえこの軍では、戦の合間の休息中にすら血塗れの人間が担ぎ込まれてくるのだろうか。

 そういったケースの大半が、味方同士での訓練で負傷したというのだが……。
 ちょっとした打撲や擦り傷程度ならまだしも、全身切り傷だらけだったり、頭からだくだく流血していたり、ともすれば戦場より酷い状態だったりするのだ。
 何をどうすれば訓練でそんな重傷を負えるのか、キルロイには全く理解が出来なかった。

 いずれにせよ、治療が必要な者が居るのなら、急いで向かわねばならない。
 使い慣れたライブの杖を抱え、青年は声のした方へと駆け出した。


「いやー、いつもすまんなキルロイ!
 訓練と言えども、真剣勝負となるとつい力が入ってしまってな!」
 杖での治療を受け、元気に胸を張る騎士を横目で見ながら、キルロイはこっそりと溜息をついた。

 呼ばれた時点で薄々予想はついていたのだが……今回の怪我人は、生傷の絶えないこの軍においても、彼の元へ担ぎ込まれる回数が飛び抜けて多い人物だった。

「……ケビンさん。
 いつも言っていますが、あまり無茶はしないでくださいね」
 一体何度繰り返したか知れない台詞が、空々しく響く。
「心配してくれるのは有り難いが、騎士とは生傷が絶えぬものだからな。祖国のための名誉ある負傷といったところだ!」
 貴方のそれは負傷じゃなく自傷です、と思わず口から出そうになった言葉を、キルロイは辛うじて飲み込んだ。


 出会ってからというもの、彼は万事がこの調子だった。
 戦場では先陣切って敵のど真ん中に突っ込んでいくわ、訓練となれば張り切りすぎて自分の頭に斧を落とすわ、キルロイにしてみればとにかく危なっかしくて見ていられない。
 今では彼が訓練に出ると聞けば、治癒の杖を握り締めて傍に待機するまでになっていた。

「……訓練で怪我をしてしまっては、いざという時活躍出来ないのでは無いですか?」
「だが、訓練で出来ぬことが本番で出来るはずもあるまい?
 それに、怪我を負ってもすぐにキルロイが治してくれるからな! いつも助かっているぞ!」
「いえ、だからそういう事ではなくて……」
 背中にのし掛かる徒労感に、キルロイは思わず肩を落とす。

 ――解っているのだ、自分ではこの男を説得するのが無理なことなど。
 心の中で旧知の仲の騎士に助けを求めつつ、青年はもう何度目か知れぬ溜息を胸の奥から吐き出した。



 見渡す限り真っ白な大地に、今日も容赦なく血が流れる。

 降りしきる雪の中、クリミア解放軍とデイン軍は何度目か知れぬ刃を交えていた。
 戦いは激しく、後方で控える回復部隊の元にはひっきりなしに怪我人が送られてくる。治癒の業を持つ者達は、各々が杖を手に負傷者の間を駆けずり回っていた。

「しっかりしてください……! 今、治癒の術をかけます」
 冷たい地面に申し訳程度に敷かれた布の上、苦しげに呻く負傷兵が横たえられている。
 その無惨な傷口をなるべく直視しないようにしながら、キルロイは励ましの言葉をかけた後、目を閉じて意識を集中した。
 短い聖句の詠唱と共に、彼の魔力を受けた杖が淡く輝き、暖かい光が負傷者の体を包む。鳶色の双眸が開かれた時、横たわる体に刻まれていた刀傷は綺麗に塞がり、その呼吸は穏やかなものになっていた。


 これで、ひとまず全ての負傷者の治療が終わったはずだ――息をついて額の汗を拭うキルロイ。その背中に声がかけられる。
「――他に、治療の必要な者は居ないか?」
「えっ? ケビンさ……」
 すっかり聞き慣れたその声に振り返った瞬間、キルロイは絶句する。
 目の前に立つその姿は、確かによく知る青年のものに違いなかった――左半分の顔面から首、肩にかけてが真っ赤に染まっていることを除けば。
「ど、どうしたんですかその傷!?」
「いや、大したことはない、かすり傷だ。
 敵の槍にこめかみ辺りを掠められてしまってな……この程度で戦線を離脱せねばならないとは、不覚だ……!」
 自身の外見が周囲に与えるインパクトを知ってか知らずか、真紅の鎧の青年は悔しげに握り拳を震わせる。
 キルロイは慌てて彼の傍らに立つと、手にしたライブの杖を掲げた。先端にはめ込まれたオーブが淡い光を発し、傷口を包み込む。

「酷い出血……どうしてもっと早く治療しに来なかったんですか!?」
「頭の傷は派手に出血するが、傷自体は小さいことが多いからな。
 より傷の酷い者へ先に順番を回すべきだと思ったまでだ」
 その答えに、キルロイは杖を掲げたまま大きく溜息をつく。
 無鉄砲で人の話を聞かないこの青年だが、他者を思いやる心も人一倍持ち合わせていることを、キルロイは知っている。
 ――だからこそ、彼が他者を庇うあまり、自分の身を粗末にしないかが心配なのだ。


「そんな顔をするな、キルロイ!
 オレは殺しても死なんとよく言われるのだ、これしきの傷、怪我のうちにも入らん!」
「……そういう問題じゃありません」
 殺しても死なない――その言葉が、彼の心にぽつりと黒い染みを落とす。

 傷が塞がったのを確認し、キルロイは掲げていた杖を下ろした。そして傍らにあった布でケビンの顔にこびり付いた血を拭き取りながら、静かにかぶりを振る。
「お願いですから――もう少し、自分の身を大切にしてください。
 僕だって、いつも駆けつけられるとは限りませんし、治癒の術も万能ではないんです。致命傷であれば……間に合わないかも知れない。
 こんな無茶な戦い方をしていたら……いつか命を落としてしまいますよ?」
 注意というよりは懇願に近い口調で、キルロイは告げた。
 心に落ちた染みが、じわじわとその浸食を広げていく。さながら、白い布に墨を一滴落としたように。

 そんな彼の気持ちを余所に、赤い鎧の青年は豪放な笑顔で胸を張る。
「キルロイは心配性だな。大丈夫だ! オレとてクリミア騎士、引くべきところは弁えている!」
 それに、とケビンは誇らしげな表情すら浮かべて言葉を続けた。


「祖国と主君のために命を張ってこそ、騎士というもの!
 祖国復興の礎となるために死ねるのなら、オレは本望なのだ!」


 その瞬間。
 じわじわと広がっていた黒い染みが、一気に心を覆い尽くす――呑み込まれる。

 耳の奥で、何かが砕ける音がして――


 パシン!

 風の強くなってきた戦場に、乾いた音が響きわたった。
 周囲で忙しく立ち働いていた者達が、一斉に何事かと音のした方を見る。


「き……キルロイ?」
 熱を持っている左頬を押さえるのも忘れ、ケビンは呆然と眼前の相手の名を呼ぶ。

「……どうして……」
 震える声で絞り出すように呟くと、青年は俯けていた顔を上げ、きっと相手を見据えた。

「どうして、解ってくれないんですか!
 どうしてそんなにも簡単に……死んでもいいなんて言えるんですか!?」
 悲鳴のように叩きつけられる、問い。
 激情のためか、その頬は不自然な薔薇色に染まり、鳶色の双眸は今にも雫がこぼれ落ちそうなほど潤んでいた。

「僕はただの平民ですから、難しいことは解りません。
 でも……命を落としてしまったら、元も子も無いじゃないですか!
 主君への忠誠も、騎士としての名誉も――生きてこそ、意味があるものなんじゃないんですか――!?」


 一息に言い終えた青年の肩が、慣れない感情の激発に上下するのを、ケビンは呆然と見つめていた。
 その表情を見た瞬間、キルロイは唐突に我に返る。

「……あ……」

 まるで憑き物が落ちたかのように、その整った面から怒りの色が消えていく。
 慌てて周囲を見回し、自分達に集まる好奇の視線に気づいたその顔に、代わって表れたのは――取り返しのつかないことをしてしまったという、恐れと後悔。

「……す、すみません……僕……」
 見ている側が気の毒になるほどに狼狽え、己が両肩を手で抱きしめるようにして身を縮める青年に、ケビンは無意識に声をかける。
「――キルロイ、」
「……すみません!」
 しかしその言葉を遮るように、青年は深々と頭を下げると、杖を抱えてその場から走り去ってしまった。

 その背中を追うことも出来ず、ケビンはただ立ち尽くす。
 ――叩かれた左頬が、無性に熱く感じられた。



 数日後。

「うむむ……」
 ケビンは珍しくも悩んでいた。
 というのも、先の一件以来、明らかにキルロイが彼を避けているからだ。
 軍の中で行き会っても、彼が何か話しかける間も無くあからさまに目を逸らされ、その場を去られてしまう。当然、訓練に立ち会ってくれることも無くなった。
 かの青年にはいつも世話になっており、その人柄も相俟って好ましい印象を持っていただけに、出来ることならば今まで通り親しくしたい、とケビンは思っている。
 しかし如何せん、話をしようにもこうなった原因が解らない。
 先の一件の際、自身が発した言葉が引き金だろうことは、ケビンにも解っている。しかし、自身の言葉のどの部分が彼をそれほどまでに激昂させたのか、皆目見当がつかないのだ。

「うむむむ……どうすれば良いのだ……」
 ケビンは悩みに悩み――結果、自身に出来る最も無難で合理的な方法を採ることにした。

 即ち――人に訊く。


「言っておくが、オレとて貴様の力を借りるなど不本意極まりないのだ!
 しかし、状況を鑑みるにこれが一番合理的な解決策であると判断してだな……これでオレが貴様に借りを作ったなどと思うのは大きな間違いだぞ!」
「はいはい、解っているよ。貸しだなんて言うつもりはないから安心してくれ。
 ――それで、私に相談というのは?」

 しんしんと雪の降り積もる夜更け、わざわざ天幕に呼び出されたにも関わらず何故か意味不明な逆切れをされても、オスカーはあくまで冷静だった。
 いつもの通り理不尽に突っかかってくる自称・永遠の好敵手を涼しげな苦笑で軽くいなし、さりげなく本題に入るよう促す。

「……キルロイの事なのだが」
「キルロイ?」
 首を傾げるオスカーに、ケビンは先日の出来事を話した。
 どうやら自分の言動がかの青年の怒りを買ってしまったらしいこと、そのせいで今も相手に避けられていること。そしてその怒りの理由が、自身には全く見当がつかないこと――。

「……成る程」
 話を聞き終えた緑の騎士は、頤に手を当てて考え込むような仕草を見せた。
「オレはあくまで、騎士としての信念に基づいて発言したつもりなのだが……。
 それがキルロイを怒らせる結果になったとしたら、原因はオレの知らぬところにあるのでは無いかと思ってな」
「それを訊くために、私を呼んだというわけか」
 ふむ、と形の良い眉を寄せ、オスカーが沈黙する。何か心当たりがあるといった風の、意味ありげな無言。
 ケビンとしては、永遠の好敵手と目するこの青年に弱みを見せるのは非常に業腹だった。が、キルロイと接した時間が長く、かつ自身にその話をしてくれそうな相手となると、彼を頼るしか手が無いのも事実――ケビンは辛抱強く青年の言葉を待った。


「うーん……まあ、考え方の違いと言ってしまえばそれまでなんだろうけれどね……」
 オスカーは言おうか言うまいかしばし悩んでいた様子だったが、やがて意を決したように口を開いた。

「――キルロイがあまり体が強くないというのは、君も知っているだろう?」
「うむ、そうらしいな」
 時折、紙のように白い顔色で皆に心配されている青年の姿を、ケビンも何度か見かけたことがあった。
「私もちらりと話を聞いただけだから、詳しくは知らないんだが。
 キルロイは生まれつき体が弱く、幼い頃に命に関わる大病を患ったこともあったようだ」
「……それが、今回の話と何か関係があるのか?」
 いまいち要領を得ないといった表情のケビン。
 その顔を正面から見据え、オスカーは穏やかな面差しに微かに厳しい色を刷いた。


「――健康そのものの体で何不自由無く駆け回れる者が、当たり前のようにその恵まれた肢体を傷つけ続けている。
 そしてあまつさえ、死んでも本望だと豪語する。
 ――その健康な体を望んでも得られず、病弱故に死に直面したこともある人間が、それを見ていてどう思うか、ということだよ」

「……!!」

 がつん、と頭を殴られたような衝撃に襲われ、ケビンは深紅の双眸を見開いた。
 同時に、何故あの時――穏やかなキルロイが他人に手を上げるほどの怒りに駆られたのか、ようやく理解する。


「それは……いや、オレは決して、そんなつもりで……」
 譫言のように呟く青年を見て、オスカーはふっと表情を和らげた。
「――君が悪いわけじゃないさ。ただ、知らなかっただけだ。
 知った上でどうするか、それを今から考えれば良い」

 ジジジ……とランプの芯が音をたて、炎に照らされた影が揺らめく。
 それを潮に、オスカーは組んでいた腕を解いた。

「――私が言えるのはここまでだ。
 後は、君が直接本人に訊くべきだろう」
 それじゃ、と片手を挙げ、青年は踵を返して天幕の出口へと歩いていく。


「――オスカー!」
 呼び止める声に振り向けば、真っ直ぐにこちらを見据えている天幕の主と目が合った。

「その……感謝する」

 低く、しかしはっきりと告げられた礼の言葉に、オスカーは一瞬目を見張った後、ふわりと微笑む。
「――どういたしまして」
 例え相手が誰であろうと、厚情を受ければきちんと相応の礼を返す――一見自分本位に見えるけれども、人の中で生きていくのに必要なことを、この青年はきちんと心得ている。だからこそオスカーも、一方的に好敵手認定されたり理不尽に絡まれたりしながらも、彼を突き放す気にはなれないのだ。


 改めて入り口を覆う布に手をかけたところで、「そうそう」と思い出したようにオスカーが振り返る。
「お節介ついでに、もう一つだけ。
 ――彼が怒ったのは、決して健康な君への妬みからでは無いよ」
 怪訝な表情を浮かべるケビンへ、彼は肩越しに笑いかける。

「口煩くなるのは、相手に傷ついて欲しくない、死んで欲しくないからだ。
 ――殴るほど怒ってもらえることに、感謝すべきだと思うよ」

 淡々とそれだけ告げると、オスカーは静かに天幕を出ていく。
 残されたケビンは、難しい表情のまま寝台に寝転がり、好敵手が残した言葉の意味を一人考えていた。



 翌日の朝は、よく晴れた青空だった。

 陽の光を受けてきらきらと輝く白い大地に、天幕から出てきたキルロイは目を細める。
 今日は、幾分か行軍が楽になりそうだ――そんなことを思いつつ、準備のため天幕に戻りかけた刹那。


「キルロイ!」
「……!」

 横合いから突然名を呼ばれ、一瞬身を固くする。
 声の主が誰なのか――姿を見なくても解ってしまったから。

 聞こえなかったふりをして天幕に入ってしまおうかとも思ったが、さすがにあまりにも相手に悪い。
 仕方なく、キルロイはぎこちない動作で、歩み寄ってきた相手の方へと向き直る。

「……ケビンさ「すまなかった!」

「――え?」
 一瞬、自分の見ている光景がとっさに理解できず、ぽかんと口を開けたまま固まるキルロイ。
 それも無理からぬことだった――何せ、ずかずかとこちらに近寄ってきた相手が、いきなり目の前で土下座したのだから。

「……ちょ、ちょっと、ケビンさん!?」
 反射的に周囲を見回してから、キルロイは彼に合わせて地面に膝をつく。早朝だったため、辺りに他の人間が居なくて良かったと心底思った。

「そのつもりが無かったとは言え、オレはキルロイの気持ちも考えず、心無いことを言ってしまった。
 傷つけてしまったことは、もはや取り返しがつかんが……せめて、詫びだけは述べさせて欲しい。本当にすまなかった!」
「え、ええっと……」
 話の展開がさっぱり見えず、目を白黒させるキルロイ。
 詰られるならまだしも、謝られることは想定していなかったので、どう対応していいやらさっぱり解らなかった。


「あの、ケビンさん……とにかく、顔を上げてもらえませんか?」
 心当たりがあろうが無かろうが、こうして土下座され続けている状態は凄まじく居心地が悪いので、まずはそう言葉をかけた。
 その声に従い、ケビンがそろりと顔を上げる。余程強く地面に押しつけていたのだろう、その額にはしっかりと雪がくっついていた。

 ――そんな彼を見ていたら、この不可解な状況も、今まで拘っていたことも、全てが心底どうでもよくなってきて。

 突然くすくすと笑い出したキルロイに、何故笑われているのか理解できず、怪訝な表情を浮かべるケビン。その額についた雪を、伸ばした指でそっと払い、青年は囁くように告げた。

「――ケビンさんが謝る必要なんて、何もありませんよ。
 僕の方こそ……叩いてしまったこと、それに貴方を避けていたことを、今ここで謝らせてください」
 雪の上にちょこんと正座して、キルロイはケビンにごめんなさい、と頭を下げた。


 ややあって、顔を上げたキルロイの目に映ったのは、俯いてぶるぶると肩を震わせる青年の姿。
「……ケビンさん?」
 怒っているのだろうか――不安げにその顔を覗き込もうとした瞬間。


 がばぁっ!

「え、うわっ……!」
「キルロイ……! お前は、お前は何て良い奴なんだっ!
 オレを咎めもせず、それどころか逆に謝るなどと……くうっ、オレはその心根にいたく感動したぞっ!」
 いきなり力強い腕でがっしりと抱きしめられ、キルロイは抵抗も出来ずただ頬を赤らめる。

「ちょ、ちょっと、ケビンさん……苦し……」
「おお、すまん! つい感動のあまり……」
 ケビンの腕から解放され、キルロイは妙に早鐘を打つ胸を押さえて息をついた。顔が赤いのは、呼吸が苦しかったせいだろうか。


「それでだ、キルロイ。オレは決めたぞ!」
「……何をですか?」
 首を傾げる青年に、ケビンがうむ、と胸を張る。
「クリミア王宮騎士団五番小隊長ケビンの名において、キルロイ、お前に誓いを立てよう!
 このケビン、如何なる時も決して己が命を粗末にするような真似はせん、とな!」
 大仰な口調でそう宣言した彼に、キルロイは一瞬呆気に取られた。
 しばし考えた後、それが自身の言ってきた「無茶をするな」という願いに対する答えだと気づいて、可笑しそうに笑う。

「……ちょっと大袈裟な気もしますけど……それを聞いて安心しました」
 そう言って安堵の笑みを浮かべるキルロイ。
 それを見て満足げに頷くと、ケビンは表情を引き締め真剣な顔になる。


「――ずっと、オレの身を案じてくれていた事――改めて礼を言う。
 そして出来るならば、これからも癒し手として、傍に居てオレを助けて欲しいのだ」
「……はい、勿論です。
 僕の力がお役に立つのなら、いつでも呼んでください」
 笑顔で頷く司祭に、釣られるように破顔する騎士。
「そうか、感謝する!
 これからもよろしく頼むぞ!」
「ええ、こちらこそ」
 差し出された無骨な手を、一回り小さい白い手がそっと握り返した。



「――やれやれ、何とかなったか」
 傍の天幕の陰から、密かに二人の様子を窺っていたオスカーは、小さく呟いて安堵の息をついた。

「……しかし、あれは何と言うか。
 まるっきりプロポーズじゃないかという感じだったんだが、私の気のせいかな」


 紅の騎士の手を借り、純白の衣の青年が立ち上がる。
 そんな二人の足下で、朝陽に溶けた雪の隙間、小さな赤い蕾をいくつもつけた花が静かに春を待っていた。


OFUSEで応援 Waveboxで応援


アマランサスの花言葉=「心配ご無用」



PAGE TOP