不器用な彼らの交差線


「……どうして、人間の腕って二本しか無いんだろう」

 大量の荷物を抱えながら、マルスは独りごちる。
 そう呟いてみたところで腕が増える訳でなし、言っても詮無いことと解ってはいたけれど。

「……でもよく考えたら、人間でなくてもほとんどの生物は腕二本しか無いなぁ。
 カービィなら口の中に入れて運べるのかな」
 目的地に着く前に飲み込んでしまいそうだけど、とどうでもいいことを延々と考えるのは、いわゆる現実逃避という奴だろうか。
 皮肉なものだ、とマルスは自嘲気味に思う。
 ――ここが果たして「現実」と呼べるのかなんて、誰にも解りはしないのに。



 普段ファイター達が生活している宿舎は、きちんとした食堂設備があり、専門のアシストフィギュア達が様々な料理を提供してくれる。
 が、こうしてたまに戦艦ハルバード内で食事をとる時は、そんな便利な施設は無いので自分達で自炊をしなければならない。
 食事当番は大体持ち回りなのだが、何せ人間から動物、ポケモン、機械に球体に平面に至るまで多種多様な参加者が集まっているこの世界である。大人しく仕事をこなしてくれる者ばかりとは限らないわけで……。

 今回、マルスはカービィ、ポケモントレーナー、メタナイトと共に食事当番に当たっていた。
 ちなみにカービィの場合、食事が出来上がる前に材料自体を食べ尽くしてしまいかねない為、大体お目付け役として毎回メタナイトが組まされるというのは余談である。戦艦の主にも関わらず、食事当番まで勤めねばならないのはいささか気の毒な感があるが、何せ奔放なカービィに多少なりとも言うことを聞かせられるのが彼くらいしか存在しないため、仕方のないところなのだろう。

 その四人で食料庫から食材を運んでいたのだが、向こうで何やらポケモン同士が喧嘩を始めているという話が入り、ポケモントレーナーが慌てて仲裁へ行ってしまった。
 さらに、それに何やら面白そうな気配を感じ取ったカービィがトレーナーの後を追って駆け出し、メタナイトはそれを止めるべく憤慨しながら後を追い。

 ――結果、マルス一人だけが残されたというわけだった。



「……まあ、メンバーを見た時点で、こうなることは半ば予想できていたけれど、ね……」
 溜息混じりに、マルスは物理的に持てているのが不思議なほどの量の荷物を器用に運んでいく。
 ここで自分も荷物を放り出して騒動の見物を決め込む、ということが出来ないのがマルスという青年だった。その方が楽が出来るのは間違いないのだが、いかんせん騒動が収まるまで待っていたら、昼食がいつになってしまうやら解らない。

 両腕に抱えた木箱は四つ――さすがにこれだけ持つと、前も満足に見えないため、ほぼ記憶と勘を頼りに歩かねばならなかった。
 こんなことになるなら、倉庫から台車でも持ってきておくべきだったか。
 そんな風に思いつつ、マルスが荷物を抱え直した時。


 ぐらり、と重ねた木箱が揺らいだ。

「あっ」
 慌ててバランスを取ろうとするが、箱を抱える腕にぶら下げていた袋が邪魔をして上手くいかない。
 ああ、これはぶちまけるかな、とマルスはどこか他人事のように思う。
 そんな彼の心の声に従うかの如く、木箱はゆっくりと傾いていって――


 と、崩れると思った荷物が、何かに支えられたように動きを止めた。

 あれ? と首を傾げた瞬間。


「――何をやってるんだ、あんたは」

 呆れたような声が頭上から降ってきたことで、マルスは箱が崩れなかった理由を知る。
 そして、正直助かったという気持ちと、来て欲しくなかったという気持ちと――それぞれが複雑に交錯するのを自覚した。
 顔が見えなくても、その声と口調だけで、相手が解ってしまったから。

 視界を遮っていた木箱のうち、上の二つがひょいと退けられる。
 クリアになった視界に見えたものは、予想と寸分違わぬ相手の顔。


「……アイクか。何しに来たんだい」
 穏やかだがどこか突き放すような響きを込めた言葉に、彼――アイクは手にしていた木箱を地面に置きながら肩をすくめる。
「……第一声から随分なご挨拶だな。
 飯の時間が予定よりも遅れているようだったから、様子を見に来たんだが」
「ああそう。それはそれは。
 相変わらず、食い気に関してだけは行動が早いんだね」
「……何かいちいち棘があるぞ、あんたの言い方は」

 呆れと不機嫌が入り交じった表情で眉を寄せるアイクに、マルスは最上級の笑顔――嫌味だ、もちろん――を披露して見せた。


「それで、何だってあんた一人なんだ。他の奴らはどうした?」
「……向こうでポケモンが喧嘩してるみたいでね。
 トレーナーは仲裁、カービィは見物、メタナイト殿は説教、ってところかな」
「……成る程、よく解った」
 マルスの要点を押さえた簡潔極まる説明に、アイクは納得したように頷き、微かに眉を寄せる。

 ――ああ、これは呆れてるな。

 解ってしまう自分が嫌だった。
 目の前に居るのは、自他共に認める鉄面皮を誇る男だというのに!


「それで一人で運んでたってわけか。
 全く、どこまで馬鹿正直なんだ、あんた」
「……それ、君にだけは言われたくないね」
 馬鹿正直が服を着て歩いているような存在にそう言われては、自分としても立つ瀬が無い。マルスは憮然とそう返した。

「――そういうわけで、少し遅れるとは思うけど、大人しく待っていてくれるかな。
 欠食児童じゃあるまいし、いくら君だってそれくらい待ってられるだろう?」
 ここで延々と皮肉合戦を繰り広げていても、つまるところ作業が進むわけではない。
 淡々と告げ、マルスは一旦床に置いていた荷物を、アイクに取られた分も合わせてよいしょと抱えあげた。



 ――不意に、腕にかかる負荷が軽くなる。


「ついでだ、手伝う。それも貸せ」
 左腕に木箱を三つ軽々と抱えたアイクが、マルスの腕に引っかけた手提げ袋に向かって右手を差し伸べていた。

「べ、別にいいよ……君は当番じゃないんだから。
 僕一人でも何とかなる」
「あのな……どう見ても一人で運べる量じゃないだろうが」
「さっきまでちゃんと一人で運んでいたよ」
「崩しそうになっていたのに、か?」
「恩着せがましく言わないでくれるかな。別に助けてくれなんて頼んでないだろう?」
「あんたな……」

 やれやれとかぶりを振ると、アイクは空いている右手を伸ばし、マルスが抱えている木箱の最後の一個を器用に奪い取った。説得は無駄と判断し、実力行使に出ることにしたらしい。
 あの重い剣を持っていないせいなのか、試合の時よりも数段素早いその動きに、両腕に荷物をぶら下げていたマルスはとっさに反応できなかった。

「ちょっ、勝手なことを……!」
 抗議の声を上げる青年を横目で一瞥し、アイクはその機先を制するように口を開く。

「別に、あんたの為じゃない。
 昼飯が遅れると、俺にとっては死活問題になる」

 淡々とそれだけ告げると、視線を前に戻してさっさと歩き出す。
 言いたいことを言う前に封殺されてしまったマルスは、それ以上抗議を続けることもできず、胸の中にもやもやしたものを抱え込む結果となってしまった。
 それは強引な行動に対する苛立ちもあったが、どちらかと言えば、自分を心配してくれているのかという淡い期待が裏切られたことによるもので。


(何だい、ちょっと……
 本当にちょっとだけ、見直しかけたのに)

 心の中で呟き、前を行く広い背中を睨む。


 いつもいつも、人の話も聞かずに余計なお節介ばかり焼いて。
 こちらの皮肉を呆れたように聞き流しながら、恩も着せずに手を貸してきて。
 そんな彼が、本当に忌々しい。


 ……けれど、本当は。

 彼に心配されているのかという期待を持ってしまった自分が――また、それを裏切られたことに少なからず落胆を覚えている自分自身こそが、何より一番腹立たしかった。



 彼の背後に甘んじているのは癪だからと、歩を早めて隣に並ぶ。
 こっそり窺ったその横顔は、至っていつも通りの無表情。

 二人で分けているから少し減っているとは言え、自分が四苦八苦して運んでいた量を、この青年は至って平然と抱えている。

 ――それがまた、悔しくて。
 唇は、勝手に皮肉めいた言葉を紡いでいく。

「……君も、こういう場面では役に立つね。
 荷物運びは馬力が肝心だし」
「まるで馬車馬扱いだな」
「いやいやそんな。パワーに関して『だけ』は定評のある君にはうってつけだなぁと感心してるんだよ」
「……あんた、実は褒める気無いだろう?」

 眉を寄せるアイクに「それは被害妄想ってものだよ」と極上の笑顔でマルスが返す。
 その笑みは、彼自身は先程と同じく嫌味で浮かべた、つもりだったのだが――端から見ている分には、その表情は相手との会話を心底楽しんでいるかのようだったと、果たして本人は気づいていただろうか。




「……あの二人、仲良いんだか悪いんだか、よく解りませんね」
 ぎゃいぎゃい言いながら荷物を運ぶ二人を、物陰から見ていたポケモントレーナーが呟いた。
「……まあ、喧嘩するほど仲が良いという諺もあるくらいだ。
 少なくとも、親しくはあるのだろう」
 傍らで同じく様子を窺うメタナイトは、どことなく所在無げな風情でそう答えた。その左手は、ぽよ〜と不思議そうな顔のカービィの首(?)根っこをしっかと捕まえている。

 騒ぎを収めて戻ってきてみれば、こっちで起こっている新たな騒動。
 出ていくタイミングがどうにも掴めず、結局今まで傍観していたのだった。


 確かに、一見すれば口喧嘩――というか、マルスが一方的に突っかかっているようだが――に見える。
 しかし、これだけ言い合っているにも関わらず、アイクは荷物を放り出してその場を去ろうとはしないし、マルスも結局は大人しく手伝われている。

 マルスという青年は、一見誰にでも人当たりが良いように見えるが、その実、深い部分では他者に対してどこか一線を引いているように、メタナイトには感じられていた。
 それはおそらく、英雄の血を引く王族であり、自身もまた救国の英雄であるという、彼が――正確には彼の『元型』が――育ってきた環境によるものなのだろう。

 そんな彼が、あの剛剣の使い手にだけは、年相応の態度で笑顔以外の表情を豊かに披露するのだ。
 虚勢、苛立ち、皮肉……普段のマルスなら決して他者には見せないであろう負の感情も、かの青年の前では惜しげもなく曝け出して見せている。
 当人が意図してやっているのか否かまでは解らないが、そこには明らかに、他者に対する壁は無いように見えた。


「どうします? メタナイトさん」
 ポケモントレーナーの呼びかけで、考えに耽っていた仮面の騎士は我に返る。
「……当番で無い者に、いつまでも仕事を押しつけておくわけにもいくまい」
 そう言うと、身を潜めていた物陰から出て、剣士二人の方へと向かった。少年も慌ててその後を追う。

「――あ、メタナイト殿」
 マルスの声に、その傍らを歩いていたアイクが振り返る。
 足を止めた彼らの正面に立ち、メタナイトは軽く頭を下げた。

「すまない、手間取った。
 マルス、一人にして申し訳なかったな」
「いえ、僕なら大丈夫ですから」
 気品のある微笑を浮かべ、マルスがかぶりを振る。
 ……先程まで傍らの青年と皮肉混じりの応酬をやらかしていた時の表情は、もはや欠片も無い。全くもって普段通りの、非の打ち所のない優等生という佇まいだ。

「アイクも、当番でも無いのに作業をさせてすまなかったな」
「……別に構わん。成り行きついでだ」
 至って平常通りの無表情で、アイクは肩をすくめた。この青年にとって、困っている者に手を差し伸べるという行為は、自身が息をしているのと同じくらい自然なことなのだろう、とメタナイトは思った。

 ――それとも。
 一応、相手を見た上でやっているのか。

 ちらりとマルスの方を窺うと、何やら複雑な表情でアイクを見ている。
 礼を言おうかどうしようか、迷っているといったところか――メタナイトはそう分析する。

 そんな風に観察されているとはいざ知らず、一つ深呼吸をしたマルスが口を開いた時、ポケモントレーナーが思い出したように声を上げた。
「あ、そうだ。
 アイクさん、食堂の方でリュカ君が探してましたよ? 次の試合の相談をしたいって」
「そうか、すぐ行く。ありがとな」
 背後で、開きかけた口をすぐさま噤んでしまった青年には気づくことなく、抱えていた荷物を地面に下ろしたアイクが頷く。
 その顔を見上げて、ポケモントレーナーは屈託のない口調で言葉を続けた。

「僕らがケンカの仲裁に来た時にはその場に居たのにーって、リュカ君が不思議がってましたよ。
 僕も食堂に駆けつけた時見かけましたけど、いつの間に出ていったんです?」

「――え?」

 その言葉に反応したのは当のアイクではなく、その傍らに居たマルスだった。
 話しかけられたはずの本人はと言えば、何故か明後日の方を向いている。
 しかしマルスは、彼の方を向いた瞬間に僅かに見えた、しまったとでも言いたげな表情を見逃していなかった。

「……アイク、君は確か、」
「も、もう手伝わなくても良いな? 俺は戻る!」
 疑問を呈そうとしたマルスの言葉を強引に遮って、紺青の青年はマントを翻しさっさと歩き出す。
 ――その面に、珍しくも焦りの色が浮かんでいるように見えたのは、おそらく一同の気のせいではなかっただろう。



 その背中が見えなくなった後も、マルスは独り考え込んでいた。


 ――自分が当番であることも、自分以外のメンバーが仕事を放置していることも、アイクは知っていた?

 それを承知の上でここへ来て。
 自分には、さも事情を知らないかのように何があったと訊いてきた。


 ――これらが意味するところは、すなわち何?




「……あ、あれ?
 メタナイトさん、僕何かまずいこと言いました?」
「…………気にするな」

 むしろ、彼らにはちょうど良い薬だったかも知れん――いささか劇薬ではあるが。

 メタナイトは半ば投げやりな気分で、声に出さずそう呟いた。


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メタナイト「いいから早くくっつけお前ら」



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