「どうした、今日は休暇ではなかったのか」
突然訪ねてきた少年を、鍾離は意外そうにしながらも快く招き入れた。
「うん。……迷惑だった?」
上目遣いに問う旅人に、笑ってかぶりを振る青年。
「まさか。お前であればいつでも歓迎するとも」
返された言葉に、空は蜂蜜色の瞳を見開き――嬉しそうに微笑んだ。
手ずから茶の用意をしながら、鍾離は背中越しに客人へ問いかける。
「休暇だというのに、わざわざ俺のところに来るとはな。何か用事でもあったのか?」
「……えっと、それは」
言い淀む空。口を開いては閉じ、を幾度か繰り返し、やがて思い切ったように告げる。
「先生に、会いたかったから」
「ふむ? ……俺の話が聞きたいと?」
心なしか顔を紅潮させ、少年が頷いた。鍾離はしばし考える素振りを見せ、やがてなるほどと呟く。
「それほどに璃月を気に入ってくれたということか。それは重畳だ」
がくり、と空の肩が落ちた。
「……鈍い……」
力無くかぶりを振るその唇から、ぼそりと漏れる落胆の声。
「うん? 何か言ったか?」
「なんでもないでーす」
どこか投げやりな返事に、鍾離は怪訝な表情で首を傾げた。
かちゃりと微かな音を立てて、空の前に茶器が置かれる。芸術品としても価値のありそうな白磁の器から、馥郁と香る湯気が立ち上った。
自身の分の茶器を卓に置き、青年は空の対面に着席する。
「さて、何から話したものか」
思案するその顔は、心なしか普段よりも楽しげに見えた。
「璃月には良い所がたくさんある。お前がこの地を好きになってくれたなら、俺も嬉しいぞ」
「璃月もだけど、それだけじゃなくて……」
言いかけて、空は口を噤んだ。ゆっくりと首を振って、なんでもないと曖昧に笑う。
――言えるわけがない。
『貴方のことを好きになった』だなんて。