His way, His reason


「マルスさん、お疲れ様でした!」
 試合を終え、出場者の控え室に戻ってきたマルスに、鮮やかな赤毛の少年が屈託の無い笑顔で飲み物を差し出した。
 その左肩には、黄色の可愛らしい子ネズミがちょこんと乗っかっている。

「やあ、ロイ。それにピチューも」
 マルスは汗を拭っていた手を止めると、礼を述べてグラスを受け取った。
 左手でピチューの頭を撫でてやり、冷えたレモネードに口をつける。


「一部だけど、試合見ましたよ。
 やっぱりマルスさんは強いですね! それに、いつ見ても身のこなしが綺麗だ」
「はは、ロイは僕を買いかぶり過ぎじゃないかな? でも有難う」
 明るい蒼の双眸を輝かせながら見上げてくる少年に、マルスは面映さを感じながらも笑顔を返す。

「そうだ。はい、明日の予定表です。
 午前中に4人制乱闘が1回と、午後からチーム戦が1回ありますね」
 取り出した紙をマルスに手渡し、てきぱきと説明するロイ。
 予定表を受け取りながら、青年はすっかり板についたそのサポートメンバーぶりを複雑な気持ちで眺めた。


 元はと言えば、この少年もマルスと同様、乱闘に参加していたファイターであった。
 だが、ある日突然にその地位を辞退し、参加者達をサポートする裏方の立場に回ったのだ。

 年こそ若いが、彼の剣の腕前は決して生半可なものでは無い。
 そもそも「英雄」にしか興味を示さぬあのマスターハンドに選ばれた時点で、その強さは推し量れようというもの。
 ファイターとして素晴らしい技量を持っているにも関わらず、その能力を封印し裏方の作業に終始していることが、マルスには惜しまれてならなかった。


「――ねえ、ロイ」
「はい、何ですか?」
 振り向いた赤毛の少年に、マルスは躊躇いながらも口を開く。

「……君はもう、ステージには二度と上がらないのかい?」
「……」
 その問いかけに、彼は驚いたように一瞬目を見張り――そして俯く。

「君の剣の腕は素晴らしいと思う。剣を交えても、チームとして組んでも楽しかった。
 何か理由があってのことだとは解っているけれど……君がファイターとして乱闘に参加しないのは、君にとっても周囲の皆にとっても、勿体無いことだと思うんだ」
 ずっと言いたかったが呑み込んでいた言葉を、マルスは一気に告げる。

 同じ剣を扱う者同士で、しかも『元の自分』の境遇や立場が似ていたこともあって、普段の生活でも試合においてもよく行動を共にしていた。
 マルスにとってロイは可愛い弟分であり、また好敵手でもあったのだ。
 だから、前触れもなく突然ファイターを降りたと告げられ、その理由もはっきりと教えてもらえなかったことに対しては、内心少なからぬ不満と寂しさを覚えていた。
 それが彼の選んだ道で、理由を説明するか否かは本人の自由だと、理性では解っていても。


「……うーん」
 マルスの言葉に、ロイは困ったような微笑みを浮かべて頭を掻いていたが、やがて意を決したように表情をすっと改めた。

「――そう、ですね。
 これまでたくさんお世話になってきたし、マルスさんにはいつか話さなきゃとは思ってました」
 上手く説明できないかも知れませんが、許してください……と前置きし、少年はぽつぽつと言葉を紡ぎ出した。


「……ファイターとしてこの世界に生み出された以上、戦うことは存在意義に等しい。
 でもその戦いは、ルールの範囲内で行われる『競技』で。負けたら死ぬなんてことも無い、戦争に比べたら気楽なもので」

「みんな、とても楽しそうで。
 いろんな人と仲良くなれて、いろんな違う世界の話が聞けて。
 ここで過ごす日々、それ自体はとても楽しい」
 でも、とロイは緩やかにかぶりを振り、どこか寂しげに微笑んだ。

「やっぱり僕は――戦いというものが好きになれません。
 たとえそれが、ルールに則った『競技』であったとしても……」
「ロイ……」
 息を呑み、マルスは少年を見つめた。

「ここに居るみんなが、正々堂々と乱闘を楽しんでいるのは解ってます。
 試合中には真剣な勝負をして、終わったら何もかも忘れてまた笑い合える。
 それって、凄く素敵なことだと思う」

 けれど、それでも。

「僕は、みんなのようには割り切れなかった。
 『競技』の中でだけだとしても、仲良くなった人たちをこの手で殴るのは、やっぱり気が進まないんです」
 だから、ファイターとしての立場を自ら辞したのだ、とロイは語った。
 新しい出場者を追加するという話も決まり、ちょうど良い機会だと思った、とも。

「――勝手に辞めた上、理由も説明しないで、申し訳なかったと思ってます。
 でも、戦いが好きになれないというのは、僕の個人的な好き嫌いに過ぎません。
 それを口に出して、この乱闘を楽しんでいるみんなの気持ちに水を差したくなかった」
 幼さの残る外見に似合わぬ落ち着いた口調で、ロイはそう説明した。

「こうして裏でみんなのサポートをしている方が、僕の性には合ってます」
 これで良かったんですよ。
 そう言って、ロイは肩に乗ったピチューの頭を撫でる。
 ぷるぷると耳を震わせ、黄色い小ネズミは不思議そうな目で少年を見つめ返していた。


「――そうか。
 ごめん、君の気持ちを知りもしないで。勝手なことを言ったよ」
「いえ、気にしないでください!
 僕こそ、今までずっと黙っていて、すみませんでした」
 マルスの言葉を即座に否定し、ロイは頭を下げる。

「君は優しい子だものね。
 仲良くなった人達を傷つけられないという気持ちは、よく解るよ」
「戦いが好きじゃないっていうのは、マルスさんだって同じだろうなって思います。
 でもその上で、みんなとこの『競技』を楽しんで、ステージの外では笑って過ごせてるってところ、僕は凄く尊敬してます」
 僕は、逃げてしまったから。
 やや自嘲気味に笑ったロイに、マルスは真剣な顔でかぶりを振る。
「ファイターであろうと無かろうと、同じこの世界で生きている仲間には違いない。
 僕にとって、君が大切な友人だという事実は変わらないよ」
「……有難うございます。
 マルスさんにそう言ってもらえて、凄く嬉しいです」
 年相応の笑顔で一礼したロイの視線が、ふとマルスの背後へ逸れた。

「あ、アイクさん! お疲れ様です!」
 小走りに駆けていくロイを目で追った先に、乱闘ステージの方から戻ってくる蒼髪の青年の姿が見えた。

 マルスにしたのと同様、ロイは笑顔で青年に飲み物を差し出す。
 アイクはそれを受け取り、ロイ、続いてピチューの頭を無造作に撫でた。手つきは少々荒いが、その端々からは親愛の情が感じ取れる。

 ――生まれ育った境遇こそ違うものの、やはり同じく戦乱の世界からやって来た剣士という共通点があったためか、アイクが2人と打ち解けるのにそう時間はかからなかった。
 自身がファイターの立場を下りた後、代わりにやって来た新しい出場者であるアイクに対し、ロイが如何なる思いを抱くのかとマルスは少々不安を抱いていたが、結果的にそれは杞憂に終わった。
 一見無愛想で近寄り難い雰囲気をものともせず、ロイはアイクによく懐いていたし、アイクの方もロイの腕や人格といったものを早々と認め、弟分として可愛がっている。
 何せ、一度も手合わせしたことが無いにも関わらず、ロイに対して「裏方にしておくには惜しい」と口にしていたくらいだ。
 戦ってみなくとも、彼には解ったのだろう――ロイが優れた剣士であるということが。


 先刻と同じく、アイクに予定表を渡し笑顔で説明するロイの横顔を見つめながら、マルスは瑠璃色の双眸を細める。

 ――今度、アイクにもファイターを降りた理由を教えてあげてはどうかと提案してみよう。
 彼だけ仲間外れなのは可哀想だし、ロイが乱闘の舞台に上がらないことを、内心で随分と残念がっているようだから。

 彼だって、きっと解ってくれるだろう。
 ロイが選んだ道と、その理由を。

 どんな道を選んだとしても、笑い合える友でありたいと思う気持ちに変わりは無い。それは多分、アイクも同じはずだから。

 独り頷いて、マルスは楽しげに会話を続ける2人の方へと歩き出した。



FE組3人は仲良しであって欲しいなぁという個人的な願望。
原作ファンとしては、シリーズの違う主人公同士が仲良く交流している様子を想像しただけで幸せになれます。



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