有能な部下と不敵な上司


「エフラム様」

 呼ばわる声に、暮れ行く空を見ていた青年は振り向いた。
 背後には、静かに佇んでこちらを見つめる馬上の騎士。

「周辺を偵察させましたが、不審な気配は見られませんでした。
 もうすぐ日没となりますので、今宵はこの辺りで野営を張るのが良いかと思われますが」
「解った。進軍を止めて準備にかかるよう伝えてくれ」
「先行させた者達に準備をするよう指示してあります。どうぞこちらへ」
 間髪入れずそう答えると、ゼトは身を翻して主君を促す。
 用意周到な部下の機転に舌を巻きつつ、エフラムはその後について歩き出した。


 群青の肩布が、視界の中で鮮やかに翻る。
 その様は、まさに日頃から常にそつなく振る舞っている部下の姿と重なって見えた。

 そう、彼は有能だ。
 何の文句のつけようも無く、非の打ち所が無い、優秀な家臣。

(……ありがたい限りだが、な)
 先行する部下の背中を見ながら、エフラムは独りごちる。


 彼は、有能な部下だ。
 だが――少しばかり、隙が無さ過ぎる。


 軍を率いる指揮官としては、何の文句もあろうはずは無い。
 だが、私人として言わせてもらえば……もう少し、つけ入る隙が欲しいところだ。

(――まあ、それでこそ面白いというものだが)
 戦を前にした時と同じ顔で、エフラムは不敵に微笑んだ。
 それはまさに、しなやかな野生の獣を思わせる笑み。


 倒すべき敵は、手強いほどいい。
 意地でも倒し、屈服させてみたくなる。



「エフラム様? どうかなされましたか」
 いつの間にか傍らに並んで歩いていた部下が、馬上から怪訝な視線を向けてくる。
「――いや」
 彼は、きっと夢にも思わないだろう。
 自分が彼に対し、こんな思いを抱いているなどとは。

 だが元より、知らないままで居させる気は毛頭無い。
 そう遠くは無いうちに、彼は全てを知ることになるだろう。
 その時、あの冷静でとりすました表情がどんな色に染まるのか……考えただけで楽しくなる。
 微かに不審そうな表情を浮かべたゼトに、エフラムは口元だけで笑い返した。


 ――彼は、果たして気づいただろうか?
 その裏に潜ませた、宣戦布告に。



エフラムはきっと獲物が手強いほど燃える人だと思う。



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