仲良きことは美しき哉
「セインさんのばーか!」
「ぬなっ、言うに事欠いてバカとはなんだバカとは!」
「意地悪ばっかり言うからですよっ!」
「お前こそあー言えばこー言う!
大体なあ、お前には先輩を敬うって気持ちが欠けてんだよ。もっと敬意を払え敬意を!」
「だったらもっと先輩らしくしてくださいよ!」
「何とか言ってくれよケントっ!」「何とか言ってくださいよケントさんっ!」
「…………知らん」
独り書物に目を通していた青年は、2人から異口同音に話を振られてうんざりと溜息をついた。
その顔には「どっちもどっちだ」と如実に書いてある。
「そもそもな、俺はお前の先輩かつ上司なんだぞ?
お前はキアラン騎士見習い! 俺は副隊長! もっと敬えもっとぉ!」
「ケント隊長や他の先輩方のことは、心から尊敬してますよ。
少しは隊長を見習ったらどうっすか、セイン副隊長?」
「くう〜〜可愛くねぇ〜〜〜〜!
おいケント! ちゃんとコイツに礼儀作法は教えてんのか!?」
「あー、人のせいにするなんて卑怯ですよ。
隊長はちゃんと優しく丁寧に教えてくださってます。ね、ケントさん?」
露台に腰掛けたケントの背後に隠れながら、ウィルはセインに向かって舌を出してみせる。
「本っ気で可愛くないなお前! ちょっと来い、その性根叩き直してやるわこのー!」
「わあっ暴力はんたーいっ! ケントさあん、助けてくださーい!」
最初は完全無視を決め込んでいたケントだが、やはり気が散るのか眉間に縦皺を刻んでいる。
2人のじゃれ合い――という表現が適切だろう、この場合――がヒートアップするにつれて、次第にその皺が深くなりつつあることに、騒いでいる当の本人たちは全く気づいていない。
「うるさい」
ゴン。ゴガッ。
一言冷たく言い放ちざま、ケントの右手が翻る。
狙い違わず、分厚い兵法書が2人の頭に時間差で見事に直撃した。
「2人ともいい加減にしろ。痛い目を見ないと解らないのか?」
右手に本、左手を腰に当て仁王立ちする青年からは、静かだが明らかに怒っている様子がひしひしと伝わってきた。
「あのそれ、出来れば実行する前に言って欲しかったかなーとか……」
涙目で訴えるウィルの背後で、セインの方は声もなく頭を抱えて悶えている。日頃の行いが、力と角度の加減に如実に反映された結果だ。
「け、ケントさん……金属補強した本のカドはさすがにキツイんですが……」
よろよろと起き上がってきたセインを一瞥し、ケントが大きく溜息をつく。
「2人とも、少々反省する必要がありそうだな。
今日の夜番、交替を命ずる。徹夜だ。夜風で頭を冷やして来い」
『ええー!!??』
セインとウィル、2人の絶望の叫びが綺麗に唱和した。
「す、すみませんでしたケントさん、つい調子に乗り過ぎちゃって……」
「そ、そうそう、つい悪ノリしちゃっただけなんだよな!
読書の邪魔したのはホント悪かったよ。な、ケント、反省してるから……」
引きつった笑顔で必死に許しを請う両者を、琥珀の双眸が無表情に見下ろす。
「2人とも、返事は?」
「……」
情状酌量の余地は無い模様。
上司の冷ややかな視線に射抜かれて、2人の暴れん坊の頬を冷や汗が一筋流れた。
「――返事は?」
『…………ハイ。』
何やら黒いオーラを背負いながら繰り返されては、もはや彼らに残された道は、ただ首を縦に振ることのみであった――。
******
「セインさんのせいですからね。もう少し先輩としての自覚を持ってくださいよ全く……」
「なーにを言うかこのお子様ランチが。
お前がそーいう生意気な態度だから、俺もつい説教せずにはいられなくなるわけでだなぁ……」
「アレが説教だって言うんなら、まだワレス様のむちゃくちゃな精神訓話の方がマシっすね。
いっそ、セインさんの馬と喋ってた方が勉強になるかも知れないなぁ」
「ほほーそうかそうか。どうやらまだ先輩への敬意の払い方が解ってないと見えるなぁ?
先輩に対してそーいう暴言を吐くのはこの口かっ!? あぁ!?」
「い、いたたたいひゃひゃひゃっ! やめてくださいよ暴力はんたーいっ!!」
「……お前達は……。
夜番の間くらい静かに出来んのか……」
静かな夜に場違いな騒ぎを繰り広げる2人の背後で、ケントは独り、額に手を当て深々と重い溜息をついていた。
仲良きことは美しき……かな?
ケントさん最強説、再び。