CODE:Prisoner


 山岳地帯の夜は冷える。
 目下、石畳に直接座り込んだ状態でいるケントは、身をもってその現実を思い知っているところであった。

 どこを見ても――もっとも今、彼が見ることの出来る範囲は正面と左右だけに限られていたが――、目に入るのは無愛想な石造りの壁だけ。凹凸の目立つ床には、至る所に食器や薄汚れた毛布などの生活用品が転がっているが、部屋全体を押し包む濃密な闇が、それらの輪郭を覆い隠して存在を容易には悟らせない。

 顎を上げて振り仰ぐと、はるか上の壁に穿たれた明り取りの窓から月が見えた。
 まるで反り身の短剣のような三日月は、何を語るでもなくただ穏やかな光を地上に注いでいる。石壁の奥に閉じ込められた自分たちにも、平等に。

 ――満月であれば良かっただろうか。
 いや、かえって明るくない方がありがたいかも知れない。今宵は三日月、星明りも僅か……それが果たして吉と出るか、凶と出るか。


 ふう、と息をつき、ケントは微かに身じろぎする。
 そしておもむろに目元を険しくすると、僅かに首を右に傾けて声を発した。

「さっきから何をしている。少しはじっとしていられないのか」
「寒いんだから仕方ないだろ? 黙って座ってたら、凍えて動けなくなっちゃうって」
 ケントの肩越しに、背後から緊張感の欠片も無い声が返ってくる。定規で引いたように生真面目に整った眉をつり上げ、ケントはさらに苦言を呈した。
「お前の場合、単に落ち着きが無いだけだろう。浮き足立っていては、肝心な所でミスをするぞ」
 この手の小言なら、今まで何度言ったか知れない。
 しかし、こだわらないこと、気にしないことにかけては天下一品のこの相手は、一向に行動を改める気配が無いわけで。

「準備運動くらいさせてってば。いざって時、指が動かないで剣握れません、じゃあカッコつかないもんなー」
 ケントの説教もどこ吹く風、背後の能天気な気配は何やらごそごそ動くのを止めようとはしない。また適当な言い訳を、とケントは内心で舌打ちした。
 手指が動かなくなるのを防ぐのに、足の屈伸が何の役に立つというんだ貴様は。


 全く……とケントはため息をつく。手が自由であったなら、思わず指で額を押さえていたところだ。
 普通、ここまで馬の耳に念仏を決め込まれれば、いい加減諦めて言わなくなりそうなものだが……無駄と解っていてもそう出来ないのが、ケントという青年の性格だった。

「……ふざけるのも大概にしておけ。我々は敵の本拠地の真っ只中にいるんだぞ」
 苛立ちを抑えて静かに告げる。
「そりゃ、ねぇ。
 縛られた上にこんなお粗末な部屋に放り込まれてれば、それは嫌でも解りますけども」
 冗談めかして言いながら、相手が肩をすくめる気配が背中越しに伝わってくる。
「こんな所、出来れば早くおいとましたいもんだねー……
 んー……いてて、ウィルの奴、無駄にきつく結んでくれちゃって……」
 直接見ることは出来なくとも、何をしているのかは大体察せられる。座ったままの姿勢で居たために固まった背筋を伸ばそうとでもいうのだろう、後頭部が軽くぶつかり、重みがケントの背中にかかってきた。
「だから、動くなと言っているだろうが!」
 背後にいる相棒が動けば、自分も否応なしに引きずられて姿勢を変えねばならない。現状を解っているのかこいつは、とケントは腹立たしげに呟いた。



 人間誰しも、止むに止まれぬ事情というものがある。

 例えば――キアランの騎士であるケントが、同僚で相棒のセインと背中合わせに縛られた上、牢獄同然の部屋の床に座っているのにも、それなりの理由というものがあるのだ。


 彼らが、忠誠を誓うキアラン侯爵からの密命を受けて、サカ地方へやって来たのはつい先日のこと。
 ようやく見い出した、今は亡き侯爵令嬢の忘れ形見リンディス。その身を刺客から守るためにも、一刻も早く彼女をキアランへと送り届けねばならない。

 しかし、サカからリキア領へ入るためには、凶悪な盗賊団がいくつも巣食っている山岳地帯を越える必要があった。
 しかも行きがかり上、そのならず者集団のひとつ――ガヌロン盗賊団と称していたようだったが――と事を構える羽目になり、目下その執拗な追撃を受けている。追っ手をかわしつつリキアの国境を目指していた一行だが、山に入って5日目、新たな難局に直面することとなった。

「――この先に、盗賊団の根城がある?」
 サカ風の衣装を纏った少女――リンが、意志の強さを感じさせる眉を寄せながら言った。
「そうなんです。ここからしばらく行ったら、小さな砦みたいな建物があって。そこに、何人か人が出入りしてるのを見ました。身なりからして、多分山賊の類ですね」
 自身の見てきたことをリンに伝えるのは、つい先日旅の仲間となった弓使いの青年ウィル。素直で真っ直ぐな眼差しと、明るく闊達な口調は、非常に人好きのする印象を周囲に与えている。
 彼は狩りで培った身のこなしを生かし、今まで単独で周辺の偵察に出ていた。騎兵や天馬騎士の方が機動性には優れるが、何せその姿は目立つので隠密行動には不向きである。その点、身軽な彼ならうまく身を隠しながら周辺の様子を探ることが出来た。そしてその途中、通り道上にある古い砦を発見したのである。

「……今、追ってきてる奴等の一味かしら?」
 物思わしげに呟く少女に、すっかり「リンディス傭兵団」の副官的地位が定着した感のあるケントが冷静に意見を述べる。
「あくまで推測ですが、おそらく別の勢力では無いかと……。
 ここは、あの盗賊団と遭った村からは随分と離れていますし、もしあの者達の仲間であれば、挟み撃ちを狙うべく戦闘態勢を整えているはずです」
 その推論を裏付けるように、ウィルも首を縦に振る。
「ケントさんの言う通りだと思います。全然、戦いの準備してるようには見えなかったし。
 人数もざっと見たところ、そんなに多くなかったみたいですから」
「別口の相手……ってわけね」
 リンは呟き、考え込むように瞑目した。その様子を、彼女の親友である天馬騎士のフロリーナが見つめている。淡い翡翠色の瞳が、不安気に揺れていた。

 既に一つの盗賊団から目の敵とつけ狙われている今、新たな勢力と揉め事を起こすのは得策ではない。だが、話し合って解る相手でもなければ、簡単に見逃してくれることもなさそうだ。
 だからといって、この道を避けて別のルートを探している時間は無い。下手にうろつくと、追っ手と新手の両方に見つかるという最悪の事態にもなりうる。

「こちらは数の上で圧倒的に不利……やり過ごすにせよ突破するにせよ、何かの策は必要ね」
 風渡る草原の色をした双眸を開き、リンは傍らに立つ人物を振り返る。
「シュリ、どうすればいいかしら? 何か手はある?」
 ゆったりした長衣を纏い、結い上げた白銀の髪をさらりと背に流した妙齢の女性――リンに草原で救われて以来、武に拠らずその軍略と知識でリンを助けてきた軍師見習いシュリは、問われて考えるような所作を見せた。
「そうですね……少し、時間を頂けますか?」

 それからしばし後、軍師たる女性が提案した策は、まさに奇策と呼ぶに相応しい内容であった。



「――大体、何故お前がここにいる。お前はリンディス様のお傍に残り、御身の警護を務める予定だったはずだぞ?」
 ケントは諭すとも咎めるともつかない口調で、今はその姿を見ることのできない親友にそう告げた。後ろ手にされた上、ご丁寧に背後の相棒とまとめて手首を拘束されているため、今は僅かな動作をするのにも気を使わねばならなかった。

 月は中天にさしかかり、その姿もそろそろ見えなくなりつつある。
 彼らが「つつがなく」敵に捕らわれ、アジトの一室に入れられてから、かれこれ2時間が経過しようとしていた。


 シュリが考えた策とは、捕虜に見せかけた兵を内部に送り込み、内と外の双方から敵の意表を突いて守りを崩すというものであった。

 まず、外にいる山賊達の注意を惹き、あらかじめ一戦交えておく。シュリによれば、この時重要なのはこちらに女性が居ることと、護衛役がそこそこの手練れであるということを相手に印象付けることだという。
 そして頃合いを見ていったん退き、一人が捕虜、もう一人が盗賊団の一味のふりをして「敵を捕らえた」と盗賊達に告げる。手強い護衛が減ったとなれば、盗賊たちは女を捕らえようと打って出てくるだろう。こうして盗賊たちが捜索を始め、拠点が手薄になったところを、捕虜として入り込んだ味方と外から襲撃する味方とで連携して叩く。

 発案者のシュリ自身、非常に不確定要素の多い危険な策だと言葉を添えた。
 実践の過程で、相手に少しでも不審を抱かれれば、そこで作戦は破綻する。だが相手と自軍の数に相当の開きがある以上、敵の意表を突けなければ勝ち目は薄いということも、皆のよく理解するところであった。

「いいわ。それでいきましょう」
 シュリの大胆な奇策を、リンはあっさりと実行に移すことを決めた。必要な決断ならば迷わない――それが実践できるのは、彼女の強さの証明でもある。
 少女の一声を皮切りに、能力と適性に基づいて役目が割り振られた。
 迅速な相談の結果、山賊の一味に扮して捕虜を潜り込ませる役はウィルが、そして最も重要で、同時に危険な捕虜の役はケントが務めることとなった。
 当初は疑いを持たれにくいからと、リンが自ら捕虜になると申し出たのだが、「主君をみすみす危険には晒せない」とケントがどうしても賛成しなかった。彼女とフロリーナ、そしてセインに役目を終えたら戻ってくる手筈のウィルを加えた4人が、外での待機組である。


 ……そう、そもそも盗賊団のアジトへ潜り込む役目は、ケントが一人で務める予定だったのだ。
 出来る限り少数の方が潜入には向いているし、最も守らねばならない主君リンディスの身辺を手薄にしてしまっては本末転倒である。だからこそケントは、相棒を主の護衛として残し、自分が単独で敵地に潜り込むつもりでいた。
 それなのに――この男ときたら。

「何言ってんの。お前が敵地行くって時に、俺が隣に居ないでどうすんのさ?」
 何を今更、といった風にセインが言う。当たり前だと言わんばかりの、しれっとしたその口調。
 ――眩暈がした。


「変更、ですか?」
 作戦の実行直前、傍に来た軍師に告げられた内容にケントが問い返す。
「はい。直前に申し訳ないのですが…。
 アジトへは、セイン様にも一緒に行って頂くことにします」
 ケントは一瞬絶句した後、ゆっくりと首を振った。
「シュリ殿……お言葉ではありますが、セインにはリンディス様のお傍に付いていてもらう方がよろしいかと存じます」
 ケントの心情としては、守るべき主君であるリンディスの傍に少しでも戦力を置いておきたいところだった。
 その点、性格に多少難があるとは言え、セインは優秀なキアラン騎士だ。腕の方は、無条件に信頼している。かの相棒が主君の傍らに居てくれれば、多少なりとも安心できるというものだった。

 シュリはそんな青年の表情を見て、どこか困ったような苦笑を浮かべる。
「いえ、その……これは、私の発案ではなく……」
 怪訝な顔をしたケントの横合いから、不意に声がしたのはその時だった。

「そーいうこと。言い出したのは俺だよ」
 樹々の陰から、悪戯っぽい笑顔の青年が姿を現す。
「セイン……!?」
 驚きと困惑、苛立ちが綯い交ぜになった複雑な表情で、ケントは愕然とその名を呼んだ。
「馬鹿なことを言っていないで、お前はリンディス様をお護りすることに専念しろ。
 ――第一、我ら2人で行ったりすれば、要らぬ疑いを招くだけではないか」
 先刻刃を交えた時に、相手は自分たちの力量を知ったはずだ。それが2人揃って山賊一人に捕まるなど、どう考えても不自然ではないか。これは罠だと、自ら喧伝しているようなものだ。

「馬鹿言ってんのはケント、お前の方だよ」
 セインはケントの傍まで歩いてくると、足を止めた。正面から相棒の顔を見据え、拳でこつんとその肩を小突く。
「お前、アジトの奴らを全員一人で相手できると思うか? お前が失敗して、それでリンディス様の身も危なくなったりしたら、それって本末転倒でしょうが?」
 痛いところを突かれたケントが言葉に詰まる。
 確かに、彼としても単独でどこまでアジト内の敵を引き受けられるかは甚だ心許ない。技量の差があるとは言え、多勢に無勢で押してこられれば、結局は数の暴力で押し切られてしまうだろう。

「外からの奇襲を成功させるには、できるだけ長い間、アジト内を引っ掻き回してひきつけとかなきゃならない。なら、一人よか二人の方が長く保つだろ?」
 そこまで一気にまくし立てると、セインは突然笑顔で斜め後ろを振り返る。
「そうですよねぇ、シュリさん?」
 何やら面白そうに2人の騎士のやり取りを眺めていた女軍師は、彼の問いに微笑みながら頷いた。
「ええ。……ケント様、私もセイン様とお二人で行かれた方がいいと思います。
 そうすれば、あなた方に降りかかる危険も少しは軽減できる」
 そこまで言って、シュリはすっと笑みを消し、二人の青年に向かって軽く一礼した。白銀の髪が、昇り始めた月の光を映してさらりと流れ落ちる。

「ケント様、セイン様。策が成っても成らなくとも……どうか無事で。
 ――ご武運を」



 ……そんなこんなで、現在晴れて捕らわれの身。

 何とか上手く潜り込めたから良かったようなものの、正直バレはしないかと冷や汗ものだったわけで。
 はあ、とため息をつきながら、ケントはちらと窓を見上げる。
 月は、今や完全に彼らの視界から消えつつあった。

 ――そろそろ頃合いか。
 これからの作戦の手筈を頭の中で復唱し始めた時、不意に背後から聞こえる言葉。


「お前が行くなら、俺も行く。それが危険な場所であればなおさら、ね。
 それが、相棒ってもんでしょ?」


 思わず首を捻って、背後を覗き見てしまう。
 辛うじて視界に入るのは、緑がかった甘茶色の髪と鎧の肩当てだけ。彼がどんな表情をしているのかは窺えない。

 ――それでも。
 彼が、笑っているだろうこと……それだけは、確信を持って言えた。
 思えばどんな逆境下でも、彼はいつだって笑っていた気がする。
 かれこれ10年近く親友付き合いをしている仲だから、喜怒哀楽さまざまな表情を見てきている。けれど、ケントが一番よく覚えていて、真っ先に思い浮かぶ彼の姿と言えば、やはりそれは笑っている時の顔なのだ。

 そして――自分が一番好きだと思うのも、その表情だ。

「何? 惚れ直した?」
 沈黙するケントに、セインが囁いてくる。見えなくとも解る――まるで少年の頃そのままの、悪戯っぽい微笑み。
「……馬鹿か」
 そっけなく一蹴し、ひとつ息をつく。

 ――頬が熱く感じるのは、きっと寒さで感覚が麻痺したせいだ。

「相変わらず冷たいなァ、ケント君ってば……」
 大仰にため息なぞついてみせる――わざとだ、もちろん――セインを横目で睨み、厳しい口調で言い放つケント。
「下らないことを言っている暇は無いぞ。そろそろ時間だ」
「お、やーっと出番かぁ。じゃ、さっさと始めますか?」
 早くここから出たい、ときっちり口調に出して訊ねてくる相棒の声を聞きながら、ケントは戒められた手首にぐっと力を込めてみた。
「……いけるか?」
「ウィルの奴、ちゃんと切れ目入れたんだろうな? ……まぁいいか、多少きつくてもどうにかできるだろうし」
 あっけらかんとした台詞を聞きながら、ケントは相棒が見た目を裏切る馬鹿力の持ち主であることを今更ながらに思い出した。
 そう言えば、キアランを発つ前にこいつが壊した部屋のノブの修理、すっかり忘れていた。――帰ったら直してもらうよう依頼しなければ。


「じゃ、準備はいいか?」
「ああ」
「同時に外すぞ。1、2のー……」

『3!』

 合図と同時に、二人は力を込めて手首を引いた。ところどころ切れていたロープが、あっさりと外れて床に散乱する。
 2、3度手を振って関節を解すと、ケントは服の下に隠していた武器を引き抜いた。普段使っている長剣ではなく、幾分刀身の短い直刃の短剣だ。本格的な戦闘をするには心許ないが、下馬した状態での山賊相手の立ち回りならば十分役に立ってくれるだろう。

 続いて、胸元から銀の鎖を引っ張り出し、その先に下がった人差し指程度の銀の筒を唇に咥えた。犬や馬など、人より聴覚の優れた家畜を調教するのに用いる笛で、騎士達も自分の軍馬を操るのに使っている。自らの笛の音を愛馬に覚え込ませ、離れていても即座に呼び寄せることが出来るようにしているのだ。
 この笛は人間の可聴域以上の音を出すので、人には気づかれず馬だけに聞かせることが出来る。それを利用し、軍師は彼らの馬を作戦開始のタイミングを知る手段として用いたのだ。今頃は主人の笛の音を聞きつけ、砦の外で待機しているケントの愛馬が仲間にそれを伝えているはずだった。

 笛を懐にしまい込み、同じ得物を手にした相棒と頷き合う。
 セインが2、3度扉を蹴り付けると、粗雑な造りの錠はすぐに弾け飛んだ。軋む扉を一気に押し開け、彼らは作戦を決行すべく石造りの廊下へと駆け出していった。



 汗と返り血で滑る柄を握り直し、セインは素早く賊に向かって間合いを詰めた。
 無防備な腹部を狙って短剣を振るう。避けも防ぎもする間もなく、短めの刀身が男の脇腹に深々と埋まった。
 剣を肉から引き抜くまでに生じる、僅かな隙。
 得物が使えなくなるその一瞬を見越して、別の山賊が横合いから青年に向かってきた。だが、その背後を守るように立ち位置を保持していたケントが、その攻撃をあっさりと退ける。

 再び訪れる、睨み合いの一瞬。
 大きく息を吐き出して、ケントは頬を伝う汗だか返り血だかを拭った。


 本格的に山賊たちと戦闘を始めてから、どのくらい経っただろう。
 砦の中には、ざっと数えても20近い人数がいた。囲まれながらも相棒との連携で相当数の敵を屠ったが、正直きりが無い。
 手にした剣も、血と脂とで次第にその切れ味を鈍らせつつあった。
 そろそろ、外から侵入したはずの仲間と合流できてもいい頃なのだが……。

 状況を分析していたケントに、新たな敵の刃が迫る。
「くっ!」
 気を吐いて、斧の一撃を受け流す。普段彼らが使っている剣とは違い、まともに斧と打ち合ったりすれば刀身が折れかねない。自ずと防戦から隙を突いて一撃を見舞うという戦い方になり、それが彼らの疲労をいやが上にも増幅させていた。もともと騎士である彼らは、そういう戦い方に慣れていない。
 大振りな動作で打ち込まれる斧を、ケントは体を捌いてかわす。攻撃を回避されてバランスを崩す賊の肩口に、狙いすましたセインの剣が腕を落とさんばかりに食い込んだ。

 無駄のない動作と的確な命中がケントの長所なら、得物の頼りなさを補って余りある膂力がセインの強みだ。
 そして、対照的な互いの特徴を理解し補完し得るだけの経験と信頼とを、彼ら2人は持っている。それが、彼らを若くして優秀な騎士と評価させる大きな要因であった。


 しかし、どれほど武に秀でた者であっても、たった2人では限界というものがある。
 絶対的な数の力というものを、いま彼らは痛感していた。
「せめて、武器だけでも違ってればなぁ……」
「無いものねだりというものだ。無駄口を叩いてないで目の前の敵に専念……!?」
 ぼやく相棒をたしなめていたケントの前で、突然対峙していた敵が叫びを上げて倒れる。思わず言葉を切った彼の目に、倒れた男の背に突き立つ鉄の矢が映った。

「ケント! セイン! 2人とも無事!?」
 行く手を遮る一人を鮮やかに斬り倒して飛び込んできたのは、キアランの公女たるリンディスその人だった。続いて天馬に跨ったフロリーナ、弓を構えたウィルが乱戦状態のホールに駆け込んでくる。
「ケントさん、セインさんっ……これ!」
 天井近くまで舞い上がったフロリーナが、必死に声を張り上げながら何かを放った。2人に向かって投げ落とされてきたのは、彼らがいつも使っている長剣。
 手を伸ばしてそれを掴み取ると、ケントは短剣を捨てて馴染んだ得物の鞘を払った。隣でフロリーナにまたぞろ感謝の口上を述べ出そうとするセインを小突き、再び眼前の敵に向かう。

 戦いの趨勢は、この時点でほぼ決した――。



「――結局、貴方たちがほとんど敵を一掃してくれたみたいね」
 リンが肩をすくめ、2人の騎士を見やった。その顔には、からかうような笑みが浮かんでいる。
 その台詞を受けて、ケントは恐縮しつつ頭を下げ、セインはどこか空々しい笑いを発した。
「どうやらお二方は、一緒に組めば想像以上の力を発揮されるようですね。
 ――覚えておきましょう」
 くすくすと、あくまで見た目は上品にシュリが笑う。しかし、言外に何か不穏なものが含まれていたのは……おそらく、気のせいではないだろう。
 女性に目が無いはずの相棒が、その微笑みを見て顔を引き攣らせているのが何よりの証拠だった。

 ――この分だと、またぞろ無茶な役目を負わされそうだ。
 ケントは周りに悟られないよう、ひそかにため息をついた。
 もちろん、主君のためとあらば自身の苦労など厭わない。例えどんなに危険な命令だったとしても、自分はそれに従って敵地に赴くだろう。


 それに。

 ケントは横目で、傍らに立って愛想笑いなど浮かべている相棒を見る。
(それも、悪くはない――か)

 この相棒と共にならば、どんな逆境も笑って済ませられる気がしてしまう。
 彼が自分の、自分が彼の……背後を守っている限りは、きっと大丈夫だと思えるから不思議で。

 ケントは内心で苦笑して、傍から見れば気づかないほど微かな笑みを口元に刷く。
 今日もまた、慌しい一日が始まろうとしていた。




背中合わせに縛られてるセインとケントが書きたかった。
うちの烈火は基本赤緑を中心に回ってます。



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