黎明――begining of the fights


「――どうやら完成したようですね」

 目を覚ますと、眼前に巨大な手があった。
 人体のパーツとしての手では無い。文字通りの「手」そのもの。
 彼の身体を容易に包み込んでしまえそうな程の、巨大な白手袋をはめた手が宙に浮かんでいる――その光景をようやく脳が理解した時、穏やかだがどこか無機質な声がした。聴覚で捉えたというより、直接頭の中に滑り込んできたような感覚。

「我が自慢の庭へようこそ――『蒼炎の勇者』アイク殿」
「……何故、俺の名を?」
 声の主は、間違いなく眼前の巨大な手だと思われた。その存在に対する疑問はとりあえず横に置き、彼――アイクは濃藍の双眸を細めて相手を睨み据える。
 気づけば手の中にあった得物……神剣ラグネルを握る手に力が篭った。

「もちろん存じておりますとも。
 私は『この世界』における貴方の、言わば創造主なのですから」
 鋭い視線にも何ら感じた風も無く、手は悠然とそう嘯いた。
 微かに戸惑いの色を浮かべる青年に向かって、深々と頭――実際は指だが――を垂れ一礼して見せる。
「申し遅れました。私はマスターハンド。
 この世界を創造した者です」
「世界……創造、だと?」
 いきなり飛び出したスケールの違う単語に、青年は僅かに面食らった表情を浮かべる。
「その通り。
 貴方がたった今から存在するこの場所は、貴方の知る世界とは異なる空間。
 全く違う理で成り立っている別世界です」
「――どういうことだ」

「この世界は、いわば『仮想世界』です」
「カソウ、世界?」
 耳にした事も無い単語に、顔を顰める。

「現実には存在していない世界――とでも申しましょうか。
 貴方の故郷とは、壁一枚隔てたところにある空間です」
「……夢か幻だとでも言うのか?」
「まあ大雑把に言ってしまえば、似たようなものかも知れません。
 魔法で作り出された幻の世界――とでも言えばお解りになりますかな?」
 問いかけに、アイクは要領を得ない顔でかぶりを振った。

「……悪いが、言っている意味が解らん」
「ふむ、理解出来ませんか――まあそれも道理。
 貴方の『元型』が居る世界とは、文明の在り方がまるで違うのですからね」
 独りごちて、マスターハンドは手のひらを広げる。

「では、演劇に例えてご説明しましょうか。
 ある劇を催すため、貴方の故郷・テリウス大陸全体から、名のある役者達を選び出したとしましょう。
 そのための舞台がこの世界であり、劇を演じる役者が貴方がたというわけです」
 ただし、と巨大な手は言葉を継ぐ。
「大事なのは、それが『人形劇』だということなのですよ。
 舞台に立つのは役者本人ではなく、役者をモデルにした『人形』達――」
「人形……?」
 眉を寄せるアイクに、手は頷くように身体を揺らす。
「そう。
 非礼を承知で、噛み砕いてご説明させて頂きますが……
 貴方は『蒼炎の勇者』アイクという、別世界に実在する英雄をモデルに生み出された『人形』なのですよ」
 もっとも、とハンドは続ける。
「人格・技術・記憶等は、全てオリジナルのものを継承しています。
 単なる人形ではありません。言うなれば『分身』です」
 その言葉を聞いていた青年の表情が、次第に険しさを増していく。

 マスターハンド自身も前置きした通り、「お前は人形だ」などと言われて気を悪くしない者が居るはずも無い。
 青年は厳しい表情で大剣を持った右腕を伸ばし、その切っ先で正面の手を指す。

「この俺が人形だと言うのなら……この身体は何故動く?
 人形劇なら、動かす者が居なければ動かない。だが、俺には自分の意志がある。このまま貴様に斬りかかることだって出来る」

 自分の名はアイク。
 グレイル傭兵団の長となり、仲間と共に戦火の大陸を駆け抜け、祖国に平穏を取り戻し――そうだ、全て憶えている。
「俺は俺だ。他の何者でも無い」

 青年から発せられた怒りの波動が、周囲の空気すらも紅く染め変える。
 その様を、巨大な手は感心すらした様子で眺めながら、突きつけられた刃をまるで気にすること無く悠然と語りかける。
「信じられない、と?」
「当たり前だ」
 短く答え、青年はじり、と一歩間合いを詰める。
 両者の間に流れる、一触即発の空気。


 ――決して短くない沈黙は、マスターハンドの呑気とすら形容できそうな台詞で破られた。
「ふむ。
 それでは、ひとつ証拠をお見せ致しましょうか」
 肩透かしを食ったような顔をするアイクを他所に、パチンと一つ指を鳴らす。
 その瞬間、青年の手にしていたラグネルが淡い光を放って震え出した。
「何だ!?」
「気を込めて、その剣を地に突き立ててごらんなさい」
 怪訝な顔をしながらも、アイクはその言葉に従う。
 ――否、自然に身体が動いた、と言うべきか。

 黄金色に輝く切っ先が、黒い地面に突き立った瞬間。
 青年の身体を包むように、紅蓮の炎が激しく噴き上がった。

「これは……ボルガノン!?」
 怒りから驚きへと表情を変え、アイクは己の手元を見る。

 今の炎に、彼は見覚えがあった。
 先の戦いで魔道士達が行使していた、炎の高位魔法「ボルガノン」。
 足元から激しく炎を噴き出させる様は、かつて見たその術とそっくりだった。

 ――そもそも魔道士ですらない彼が、それを行使できるはずなど無いというのに!


「――先程も申しました通り、貴方を形成するパーソナルデータは、全てテリウス大陸という現実世界に存在する『元型』と同一のものです」
 怒りを忘れて立ち尽くす青年に、マスターハンドはゆるりと語りかける。
「ただ、この世界での目的に耐え得るよう、創造の過程でオリジナルの貴方には備わっていない能力を一部付加させて頂いております。その一例が、先程の技です」
 そこで一旦言葉を切ると、右手はすっと横に身体をずらし、背後を示してみせる。
 暗闇の向こうを透かし見て、アイクは濃藍の双眸を見張った。

 そこにあったのは――彼と全く同じ姿をしたモノ。
 ラグネルを構えて立つ姿は、大きさも外見も彼そのもの……ただ一点、全身が闇を固めたかのように黒光りしていることを除けば。

「これが、この世界における貴方の――言わば『本体』。
 『元型』のデータを元に構成された"プロトタイプ"です」
 理解できない単語の羅列。
 だが、眼前に示されていく事実が、彼に否応無く真実を突きつける。

 目の前に居る謎の存在。
 使えるはずのない魔術。
 自分と瓜二つのナニカ。

 この謎の手が嘘を言っていないことを、アイクは本能的に理解した――せざるを得なかった。


「――ご理解いただけたようですね」
 黙り込んだ青年の心を読んだように、手は静かにそう告げた。

 その声を聞きながら、アイクは大きく深呼吸した。
 腹の底から息を吐き出し、混乱した思考をリセットする。
 ――考えても無駄な事は捨て置け。いま自分がすべき事は何だ?

「……それで?
 その『舞台』とやらに俺を上げて、あんたは何を望む?」
 ぶっきらぼうに問う青年に、マスターハンドは満足気に指を開いたり閉じたりする。
「ふむ、話が早い。察しの良い方は好きですよ」
「御託は良い。俺に何をさせたいんだ」
 鋭く問いかける濃藍の双眸を正面から受け止め、手は軽く頷くように身体を揺らした。

「我々は――何よりも、退屈を厭うているのですよ」
(……我々?)
 その台詞に限って主語が複数形であったことに、アイクは一瞬疑問を抱いた。
 しかしそれを言葉にして差し挟む間もなく、話は進んでいく。

「この世界を創造したのは、実は結構前でしてね。
 貴方がここへいらっしゃるまでに、既に多くの役者の方々が訪れているのです」
 皆様、それぞれの世界においては英雄と称えられている、素晴らしき顔ぶれです――マスターハンドは心なしか陶然とした口調で言う。

「まあ、言葉でご説明するより実際に見て頂いた方が早いでしょう」
 言葉と同時に指を鳴らす。それが合図だったかのように、両者の左側、何も無い空間に忽然と四角い光が現れた。
 まるで宙空に切り取られた窓のようなその中に、景色と動く人影が見える。

「あなた方ゲストをお招きするにあたって、元居た世界を再現したステージを多数ご用意させて頂きました」
 その言葉に反応するかの如く、光の中に映るビジョンは次々と切り替わっていく。
 白亜の港町、海上を往く船、夕陽に照らし出された巨大な橋、大勢の観衆で埋め尽くされたコロシアム……。

「これらのステージにて、最大4人で『乱闘』をして頂くのです」
「――『乱闘』?」
 マスターハンドの言葉通り、映し出される風景の中で、複数の人影が戦っていた。
 アイクと同様、人間の姿をしている者も居れば、彼の世界で言う『ラグズ』のような姿をした者、あるいは全く目にした事も無い形状の生物も居る。それら多種多様な存在が入り乱れ、舞台上を所狭しと飛び回りぶつかり合う様は、確かに「乱闘」に見えなくもない。

 だが、「乱闘」という言葉の響きに反して、その光景はアイクから見て随分と平和なもののように見えた。少なくとも、彼の知る戦場とは空気からして大きな差異がある。
 随分と楽しそうな「乱闘」だな、と内心で呟き、青年は傍らの手に問いかけた。

「つまり、この戦いに参加しろということか」
「戦い――と申しますと、少々語弊がございますな。
 これはあくまで競技。健全なる娯楽スポーツと捉えていただければと」
「……競技だと?」
「そう、競技です。
 『制限時間内に、最も対戦相手を場外へ飛ばした回数の多い者が勝ち』。
 単純明快なルールでしょう?」

 「戦い」ではなく「競技」。
 その説明に、アイクは疑問を抱く一方で納得していた。
 目の前で繰り広げられている「乱闘」に感じた違和感は、「これは競技である」という前提の存在に起因するものであったのだ。
 「競技」なら、必ず一定のルールが存在する。敵として相対するのも一時的なら、負けて命を取られることも無い。血生臭い戦場を想像していた彼が、違和感を覚えるのも当然というものだった。

「貴方が想像する戦いとは、おそらく大幅に異なるものであるはず。
 その辺りは、私から説明するよりも実際に肌で感じ取って頂く方がよろしいかと思います」
 青年の思考を読んだようにそう告げて、マスターハンドは手のひらを広げた。

「既に、貴方の居た世界を模したステージをご用意致しております。まずはそちらへお送り致しましょう。
 ――比較的似た世界よりいらした方に、そちらへ行っていただいておりますので、いろいろと話を聞かれるのがよろしいかと」
 如何にもこちらを思いやったという風な言い回しに、アイクは顔をしかめる。
 確かに敵意は感じられない。だが、純粋な好意と受け取るほど甘くは無い。
 説明された内容を信じるのと、マスターハンド自身を信じるかどうかというのは別問題だ。
 この巨大な手を全面的に信頼すべきでは無いと、アイクの直感は告げていた。

「ああ、そうそう。一つ言い忘れておりました」
 そんな青年の内心を知ってか知らずか、手はそう言ってビジョンを指差す。
 つられて視線を向けると、先程まで元気に動き回っていたはずの丸い生物が地面に転がっていた。
 おそらく試合に負けたのだろうが……不思議なことに、その姿は先刻までの「生き物」では無く「無機物」に変化していた。
 金色の丸い台座に、なめらかな銀の光沢――そう、さながら「人形」のような。

 青年が見守る中、近づいてきた赤い帽子の男がその台座に手を触れる。
 すると、人形は一瞬目映い光に包まれ、次の瞬間には柔らかく跳ねる生き物へと戻ったではないか。
「確かにこの世界に『死』は存在しませんが、戦闘不可能な状態に陥った場合、ご覧の通り人形――フィギュアとなってしまいます。
 そうなったら、目覚めさせる意思を持った者が台座に触れぬ限り、貴方は動ける状態に戻れません。その点をよく覚えておいてください」

 その言葉を聞き、アイクは先刻見せられた自身そっくりの像を思い出す。
 ――自身の知る世界とは、理からして違う所なのだということを改めて実感した。

「それでは、ご武運をお祈り致しますよ」
 ぱちんと指を鳴らす音と同時に、アイクの視界がぐにゃりと歪む。
 その場から消える瞬間、常軌を逸したような甲高い笑い声を、青年は微かに聞いたような気がした。


 ******

「――『ご武運をお祈りします』ねェ。
 よく言うぜ。人形どもを造り出しては戦わせてる張本人がよォ」

 時空の揺らぎが消えたと同時に、どこか耳障りな声が辺りに響いた。
「来ていたのですか。……クレイジー」
 中空に浮かんでいたビジョンを消し、マスターハンドは背後を振り向く。
 闇の中から現れたのは、手袋をした巨大な手――彼と瓜二つの姿をした存在だった。
 ただ一つ違うのは、彼が右手であるのに対し、それは左手であるということ。

「毎度のことながら、手前ェの舌先三寸ぶりには驚かされるぜ。
 新しいフィギュアを生み出すたびにご苦労なこった。
 実在する人間のデータをそのまま使うなんて面倒くせェ真似しなけりゃ、もっとカンタンに行くんじゃねェのか?」
「感情の無いただの人形を造っても、何の意味もありませんよ。
 現実世界のあらゆる英雄を集めて戦わせるからこそ、面白いのではありませんか」
 揶揄するような左手――クレイジーハンドの言葉に、右手の方はどこか陶然とした様子で手を広げる。

「見ましたか? 先程あの青年が見せた怒りの表情を。
 現実の人間を基にしたからこそ出来る、美しい感情の揺らぎ……会心の出来だとは思いませんか?」
「ったく、手前ェはすぐそれだ。自分の『作品』に自分で酔いしれてりゃ世話ねェな」
 呆れたように肩をすくめた左手は、だが、と声色を変えて呟く。
「確かにアイツは面白そうだな……ぜひ一度戦ってみてェもんだ」

 低く笑うクレイジーハンドから、純粋なまでの破壊欲が溢れ出す。
 この空間を包む闇よりもどす黒い、狂気じみたその感情。

「そうでしょう?
 貴方だって、感情の無い人形など相手にしてもつまらないのでは無いですか?」
「まァな。ただの木偶人形なんぞ壊したって面白くも何ともねェ」
 その点、アイツは壊し甲斐がありそうだなァ。
 新たな獲物を見つけて嬉しそうな左手に、マスターハンドは呆れたように指を振る。

「暴れるのは結構ですが、あまり羽目を外し過ぎないでくださいよ。
 フィギュアを造り直すのは私の仕事なんですから」
 柔らかいがどこか他人事のような無機質さで釘を刺す右手に、左手がうるさそうに体を揺らした。
「うっせェなァ。"プロトタイプ"があンだからカンタンに直せるだろ。
 それでなくてもここは平和過ぎるんだ、壊すくらい好きにさせろよ」
「まったく……まあ、それが貴方の存在意義ですから、仕方の無いことですがね」
 やれやれと肩(?)をすくめた右手は、相方に背を向けて闇の向こうを透かし見る。
 その視線の先には、先程新入りの参加者に見せたものと同じ漆黒のフィギュアが数十体、整然と並べられていた。
 その列の端に、先刻生み出したばかりの新しいフィギュアを加えると、マスターハンドは満足気に独りごちる。

「楽しくなりそうですね――今回の宴も」


 ******

 まるで、嵐に遭った船に揺られている時のような感覚。
 それが唐突に途切れ、気づけば青年の足はしっかりと乾いた地面を踏みしめていた。

 微かに痛む頭を振って、アイクは周囲をぐるりと見渡す。
 赤錆色の荒涼とした大地には、至る所に折れた矢や槍が突き立っていた。
 城攻めに使われたと思しきカタパルトは、壊れたオブジェの如く放り出されて黄砂にまみれている。
 記憶にあるものとは違う、だがどこかで見たような、懐かしい景色。
 つい先刻まで激しい争いが行われていたかのような、戦火の爪痕が色濃く残るその光景に、アイクは嫌悪と郷愁とを同時に覚えた。


 風に混じる砂で黄色く染まった大気の向こうに、巨大な建造物のシルエットが見えた。
 目を凝らすと、城か砦のようだ。
「……あれか」
 おそらくは、あそこが次に向かうべき目的地だろう、と青年は見当をつける。
 あの巨大な手が言っていた「人物」とやらも、其処に居るに違いない。

『――別世界に実在する英雄をモデルに生み出された【人形】なのですよ』
 謎の手に告げられた言葉が蘇る。

 現実と違う世界だとか、誰かのコピーだとか。
 そんなことはどうでも良い。
 自分は此処に確かに存在しており、自分の足で立ち、自分の意志で動いている。
 ――こうして呼吸している以上、此処で生きていくことに全力を注ぐだけだ。

 あの、何を企んでいるやら解らない手の言う通りに従うのは業腹だが、まずはこの世界で生き抜いていく術を模索するのが先決だ。
 そのためには、以前より此処に居る者から話を聞く必要がある。とりあえずはあの砦で待っているだろう人物に会って、後のことはまた考えれば良い。
 右手のラグネルをぐっと握り、目指す方へと力強く歩き始め――ようとした瞬間。

 砦の方向で、突如爆発音が轟いた。
「何だ!?」
 反射的に体の前で剣を構え、その方向を凝視する。
 濃藍の双眸が見据える先、渦巻きながら大きく半球状に広がってゆく黒い光。

 構えを解き、アイクは駆ける。
 戦の中で研ぎ澄まされた勘が、あれは危険なものだと告げていた。

 黒い半球が、どんどん大きくなってくる。
 距離が近づいているからか……それとも、光そのものが広がり続けているのか。
 走るうちに辿り着いた崖の上、アイクは呼吸を整えながら眼下を見下ろす。
 既に光はすぐそこまで迫り、その大きさは見上げるほどになっていた。

 近くで見ると、それはますます奇妙であった。
 放置されていたカタパルトがそれに触れたが、吹き飛ばされること無くすうっと呑み込まれてしまう。
 気づけば辺りの砂礫も、明らかに光の方へと吸い寄せられている。それは爆発というよりも、さながら巨大な渦のようだった。

(これは一体……)
 光に向かってたなびくバンダナを無造作に払い除け、アイクは目を細める。

 その時、視界の端で何かが動いた。
 反射的に視線を転じると、崖下に2つの影。
 かたや青いマントをなびかせた人間。かたやその膝くらいまでしか無い球形に、短い手足の生えた未知の生物。そのシルエットは、先刻あの巨大な手に見せられた映像のピンクの生物によく似ていたが、こちらはさらにマントと仮面のようなものを着けている。

 2人とも、懸命に走っている……何かを追っているのか。
 その視線の先を見ると、2人の前方斜め上、中空に緑のローブですっぽり全身を覆った影が浮かんでいた。
 それが乗る円形の台の下には、鈍色に光る大きな球体がぶら下がっている。奇妙な文様の描かれたそれを見た時、アイクは嫌な感触が背を這うのを感じた。

 走っていた青いマントの人物が、大地を蹴って跳び上がる。
 そのまま緑の影目掛けて右手の長剣を振るう――が届かない。切っ先が僅かにローブの裾をかすめたのみだ。
 その頭上を飛び越え、マントを蝙蝠の羽のような形に変えた球形の生物が肉迫する。
 黄金色の剣が緑の衣を切り裂く……と見えた瞬間、謎の影の両目にあたる部分から赤い光が放たれ、仮面の球体の羽を灼いた。
 已む無く彼は地面に着地し、羽から戻したマントをばさりと翻して火を消す。

 その攻防を上から見ていたアイクは、おもむろに地を蹴り崖下へと飛び降りる。
 おそらく――あの青いマントの剣士が、手の言っていた「似た世界から来た人物」だろう。
 確かに、その人物は纏う装束も自分に近く、また自分と同じく剣を手にしている。
 だが、そんな上辺だけの相似では無く。
 もっと本質的な部分で、似た匂いを感じたのだ――自分と同じ、祖国を背負って戦乱の中を生き抜いた者の気配を。

 2人を撃退し、緑のローブを纏う謎の影は前方へと向き直った。
 既に自分を追ってくる者は居ないと、奴は思い込んでいる。まだこちらには気づいていない。
 悠然と去っていこうとする背中に向かって、アイクは疾る。

 細かいことは、後で考えれば良い。
 あの巨大な手が言っていた「仲間」らしき人物と、それに敵対していると思しき存在。
 どちらに味方するか……そんなのは決まっている。


 手にした神剣ラグネルを天高く投げ、アイクは地を蹴った。

「――天空!」




スマブラ世界について好き勝手妄想した結果がこれだよ!



PAGE TOP