a fortnightly rival


「オスカーっ! 貴様の永遠の好敵手、クリミア騎士団副長ケビンがやって来たぞぉ! いざ、尋常に勝負っ!!」

 平和な朝の静寂を粉微塵に打ち砕く大声に、緑髪の青年は割ろうとしていた卵を危うく取り落としかけた。
 数回お手玉をして辛くもキャッチ、安堵の溜息を吐く。

「……大変ね、貴方も」
 傍らで共に朝食の準備をしていた赤毛の女騎士が、気の毒がるのと面白がるのとが半々といった表情で苦笑した。
「……すみません、ご迷惑をおかけします」
「ふふ、気にすることは無いわよ。
 皆、騒々しいのは慣れっこだから」
 くくっと小さく喉を鳴らすと、ティアマトはちらりと窓の外に視線を向ける。
「――とは言え、早く行ってあげた方が良いんじゃないかしら?
 この調子だと、間もなく第二弾が放たれそうだけど」

 ……良く解ってらっしゃると感心するべきか、これが日常として認識されつつあることを嘆くべきか。
 あまり意味の無い自問自答をしつつ、オスカーは溜息混じりに謝罪の言葉を述べ、早足で厨房を出た。


「オスカー! まさか臆したか!? この俺の永遠の好敵手ともあろう者が……」
「解ったから、ひとまず声量を抑えてくれないかな……」
 門の前に仁王立ちして声を張り上げていた赤毛の青年は、中から呆れ顔で出てきた人物をぎろりと睨みつけた。
「むっ、貴様オスカー!
 遅いぞ! 約束の時間に遅れるとは、騎士にあるまじき失態だ!」
「そもそも約束をした覚えは全く無いんだけど、ね……」
 聞いてはもらえないんだろうな、多分。きっと。確実に。
 溜息を吐きながら、オスカーは自称「永遠の好敵手」たる青年の正面に立った。

 デイン=クリミア戦役に終止符が打たれ、王女エリンシアによるクリミア王国の復活が成って約半年。
 先の戦争でクリミア王国軍の中核となって戦ったグレイル傭兵団は、現団長であるアイクが爵位を返還したことにより、以前のように市井で細々と依頼を請ける生活に戻っていた。
 他ならぬオスカーも、団の一員として忙しく立ち回る日々が続いていた、そんな折。

 何故か突然、ケビンが訪ねてくるようになった。
 訪ねると言うかむしろ道場破りもかくやという勢いだったが、とにかく月に二回程度、決まって彼はここを訪れる。
 毎度毎度、こんな風に朝から大音量で口上を述べながら。

 彼は定期的に手合わせをする約束だと主張するのだが、オスカーにしてみればそんな話は一切記憶に無い。
 そもそも、連合軍で一緒だった時も戦後クリミア王宮に留まっていた時も、そんな事は一度もしたことが無いというのに。
 問いただしてみても、例によって無駄な熱さと勢いと大声で押し切られるばかりで、聞き出すのは早々に諦めた。

 そういうわけで。
 このはた迷惑極まる謎の襲撃を、オスカーはかれこれ半年受け続けているのだった。


「……それで、今日は何の用かな?」
「貴様、約束を忘れたか!? 手合わせに決まっているだろう!
 この後に及んでまだ白を切る気か!?」
「いや、そう言われても……」
 そもそも切る白が無い、即ち知らない。
 あ、今のは我ながら巧いことを言ったかも知れない、とオスカーは暢気なことを考える。……現実逃避だ、もちろん。

「大体、クリミア王宮騎士団の副長ともあろう者が、こんな所で油を売っていて良いのかい?」
 とりあえず、正面から押し問答しても埒が明かないのは解っているので、彼の騎士としてのプライドに訴えかける方向から攻めてみる。
「甘いなオスカー、当然抜かりは無いぞ!
 本日、俺は非番だからな! きちんと隊長殿にも許可を頂いて来ている!」
 ……つまり、ジョフレ殿にもこの状況は伝わっている、と。
 得意げに胸を張る青年を前に、思わずオスカーは人差し指で額を押さえた。
 おそらくは若きクリミア騎士団長も、彼の報告を聞いた時同じ心境で同じ仕草をしたであろう。たやすく想像がついた。

「――何もわざわざこんな所まで来なくとも、訓練相手なら王宮騎士団にだってたくさん居るだろう?」
「確かに、訓練するだけなら王宮でも出来る。
 だが、俺が永遠の好敵手たり得ると認めている相手は貴様だけなのだ! ライバルとの手合わせほど、良い鍛錬になるものは無いからな!」
「…………それはどうも」


 ――結局のところ。
 この青年が自分を高く買ってくれているというのは事実のようで、それに関してはオスカーも悪い気はしないのだった。
 ……それに付随する行動には、いろいろと突っ込みたい点が多すぎるのだが。

 それに、わざわざ王宮からここまで訊ねてきたところを、無碍に追い返すのも気が引ける。
「――解った、お相手しよう。
 お手柔らかに頼むよ」
「そんな殊勝な事を言って、俺を油断させるつもりだな? その手には乗らんぞ!」
「……違うって」
 ケビンを門の中へと招き入れ、オスカーは苦笑しながら訓練場の方へと歩き出した。



「……ねえ、ボーレ」
「ん?」
「ケビンさんってさ、何であんなにオスカー兄さんにつきまとうんだろう?」
「何か、兄貴をとにかくライバル視してるらしいけどな」
「ライバル……兄さんが嫌いってこと?」
「んー、『嫌い』とはちょっと違うんじゃねえか?
 大体、嫌いな奴だったら近寄りもしねぇだろうし。わざわざ訪ねてくるくらいだからなあ」
「……そう言えば、一回あの人が来た時に兄さんが居なかったことあったよね。
 それ伝えたら、何かすっごい凹んで帰っていったけど」
「……あー、あったあった。
 急に仕事が入って、非番だったはずの兄貴が駆り出された時だろ?」
「うん。
 あれだけショック受けてたってことは、嫌いじゃないんだろうね」
「そういうことなのかねぇ……」
「……兄さんの方はどうなんだろ?」
「兄貴はー……多分嫌がってんじゃねぇの?
 何せあの糸目だから解りづれぇけど」
「あ。……今の兄さんに言ってやろ」
「なっ、おい、余計なこと言うなよ!」
「チビって言うの止めたら黙っててあげるよ」
「……ちっ。だったらお前も呼び捨てにすんの止めろよ……」

「――そうは見えんがな」
「うおっ!?
 ……な、何だよアイク、急に出てきて喋り出すなよ、びっくりすんじゃねぇか!」
「アイクさん、『そうは見えない』って?」
「……オスカーのことだ。
 本当にあの騎士のことを嫌がっているなら、訪ねてくる頃合いを見計らって不在にすれば良いだけの話だからな」

「「――あ」」

「……そう言えば、大体ケビンさんが来る日って決まってるけど……」
「兄貴、大体その日は朝飯の当番で、午前中は非番になってる気が……」

「……多分、内心ではオスカーもケビンとの手合わせを楽しみにしているんじゃないか」
「オスカーなら、本当に迷惑だったら相手が誰であろうときっぱり断るだろうしな」

「……」
「……」

「……ねえボーレ」
「何だよチビ」
「チビって言うな!」
「じゃあお前も呼び捨てにすんな!」

「……そう言えば、オスカーは食事当番だったはずだが、朝飯は大丈夫なのか?」



「――ふう。
 朝食は出来たけれど……全員が食べ終わるのは、大分後のことになりそうね」
 訓練場で刃を交わす二人と、それを遠巻きに見ながらわいわいやっている三人を視界に収め、ティアマトは苦笑混じりにそう独りごちた。

 それにしても、と彼女は思う。

 嘘を何よりも嫌う性質のはずなのに。
 虚偽の約束を盾に、ここへ来る理由は何?

 約束など知らぬと、たった一言告げれば良いだけなのに。
 それをしない理由は、何?

 もっとも、後者については騒音公害が悪化して他の団員に迷惑がかかるのを恐れて、かも知れないが。
 しかしティアマトからすれば、片や嘘の約束をでっち上げてでも相手に会う理由を作っている、片やそんな相手の行動を面白がり楽しんでいる――そんな風に見えるのだ。

(――まあ、あくまで想像でしか無いけれど)
 本音を言わぬ彼らの内心に思いを馳せ、ティアマトは一人くすくすと笑う。

「さて。
 そろそろキルロイを呼んできておかないと」
 訓練用の武器を使用してはいるが、今までの例から考えて、おそらく無傷では済むまい――主にケビンの方が。

 踵を返したティアマトの背後で、金属音とそれを凌駕するほどの大声が、澄み渡った朝の青空に吸い込まれていった。




通い妻ならぬ通い好敵手。



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