その名で呼んで
「……んー」
のどかな陽を浴びながら、何やら一人考え込む青年。
隣を歩いていた緑の鎧の青年が、その様子に気づいて声をかける。
「何だ、どうしたんだウィル? 珍しく悩み事か?」
「セインさんは、『さん』と『先輩』、どっちがいいですか?」
「…………はい?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔になるセインをよそに、ウィルが真剣な顔つきで続ける。
「キアラン騎士隊の見習いになったからには、セインさんは俺の先輩になるわけじゃないですか。
ケントさんは『隊長』でいいけど、セインさんの『副隊長』ってなーんか、しっくり来ないんですよねー。長いし、語呂も悪いし」
「……悪かったな」
珍しく憮然とするセインの様子にも頓着せず、ウィルはまだ考え続けている。
「今までずっと呼んでたから、さん付けの方が自然なんだけど……。
でもやっぱり騎士隊に入ったら、けじめは大切っすよね?」
「んー、まぁね。
でも俺、誰からも『先輩』なんて言われてないしなぁ」
別に気にすること無いんじゃないの? とあくび混じりに言うセイン。
「え? 『先輩』って呼ばれたことないんですか?」
鳶色の目を丸くするウィルに、髪を掻き上げつつセインが首を捻る。
「んー……無いねぇ。
そーいう堅苦しいのって苦手だしさ。敬語とかも使って欲しいと思わないし」
「そうなんすか……」
ふうんと納得したような相槌を打った後、ウィルは視線を斜め上の虚空に彷徨わせていた。
そうしてしばし考え込んでいたと思えば、唐突に何かを思いついた顔でぽんと手を打つ。
「じゃあ、わかりました!」
「え?」
何を言い出すのかと見守る灰緑の双眸を前に、ウィルは名案を閃いたと言わんばかりの得意げな笑顔で胸を張った。
「俺がこれから呼んであげますよ。『セイン先輩』って」
「……」
その時、自分は一体どんな表情をしていたのだろう。
そんな風に思ったのも、だいぶ後になってからのことだったけれど。
「うん、セイン先輩。呼びやすいしイイ感じっすよね。どうです?」
「……ん。まあ、いいんじゃない?」
無邪気にひょいと頭を下げるウィルに肩をすくめて見せてから、セインは歩を速めた。
「ちょっと、もう少し嬉しそうにしてくれてもいいじゃないんすかぁ?」
背中越しに追いかけてきた、不満げな声は聞かなかった振りをする。
「先輩」なんて呼ばれるのは、初めてのことだった。
自分が礼節を尽くすならともかく、尽くされる方に関しては気にしたことが無かった。
――初めて、誰かに対して年上である自分を意識した。
「先輩……かぁ」
――悪くないね。
晴れた青空を振り仰ぎ、セインは灰緑の双眸を細めた。
微かな笑みを浮かべる頬が、普段よりも少し熱を帯びているように感じたのは――
きっと、春の陽気にあてられたせいだ。
先輩と呼ばれてひそかに照れるセイン萌え。