きみのとなり
タブーの消滅により、亜空軍との戦いに終止符が打たれ、亜空間に蝕まれていた世界も全てが元通りになった。
皆が平和の再来を喜び合う中、その隙間を縫うように金髪の少年が早足で歩く。
勝利の感慨に浸る前に――彼にはやらねばならないことが残っていたから。
「――あの!」
探し当てたその背中に、少年――リュカは思い切って声をかけた。
遠目からでもよく目立つ、赤い帽子とストライプのシャツ。
「君は……
良かった。無事だったんだね!」
振り向いたその笑顔は、何だかとても懐かしい感じがした。
「あのっ……
助けてくれて、ありがとうございました」
黒髪の少年に向かって、リュカはぺこりと頭を下げる。
「あと……一人だけ逃げ出して、ごめんなさい。
助けてもらったのに……僕は、助けられなくて……」
「あはは、オーケイ。気にすることないよ。
君は逃げてなんかないじゃないか。敵に立ち向かって、みんなと一緒に世界を救ったんだもの!」
その明るい言葉に、リュカの心に圧し掛かっていたものがふっと軽くなった。
巨大な石像に踏み潰されそうになったところを救ってくれ、その上自身の身代わりとなって凶弾をその身に受けてくれた。
あの瞬間から、ずっと伝えたかった言葉を――少年はようやく本人に告げることが出来たのだ。
「そう言えば、まだ名前を聞いてなかったよね。僕はネス」
「あ……、リュカ、です」
相手の名前を訊くことも忘れるほど必死だった先刻までの自分を顧みて、リュカは急に気恥ずかしくなった。
「リュカかぁ。君も超能力を使うんだ? 僕と一緒だね!」
「は、はい!」
僕と一緒。
その言葉に、何だか訳もなく嬉しくなる。
それからしばし、2人の少年はいろんな話をした。
この世界に来てからのこと。別れてから今までのこと。『もとのせかい』に居るはずの『もとのじぶん』のこと――。
ふと、会話が途切れた合間に滑り込むように、ネスがぽつりと呟いた。
「……ねぇ、リュカ。
君は、あいつを……ポーキーを知ってるのかい?」
一瞬迷ったけれど、頷く。
「……はい。知ってます」
「いるんだね……あいつは。『きみのせかい』にも」
そう言って、ネスは海の方へと視線を向ける。
その真っ直ぐな瞳は、彼方の水平線よりも、もっと遠いどこかを見ているように思えた。
この少年とポーキーとの間に何があったのか、リュカは知らない。
けれど、単なる敵同士というだけの関係には思えなかった。
ネスの背後に庇われていたリュカには、後ろ姿しか見えなかったけれど。
あの時、ポーキーと対峙した彼が、一瞬目元を拭っていたような気がしたから……。
「――リュカ。教えてほしいんだ。
『きみのせかい』で……ポーキーは、どうしてる?」
「……」
リュカは迷う。
このひとに、自分が知る全てを伝えてもいいのだろうか?
哀しすぎる姿――哀れすぎる、その末路を。
永遠とも、一瞬とも思える沈黙の後。
リュカは、大きく息を吸い込んで声を発した。
「……生きてます。
あの人は、『ぼくたちのせかい』で、生きてます……!」
リュカが必死で絞り出した答えを、黒髪の少年は果たしてどう受け止めたか。
超能力者である彼ならば、テレパシーでリュカの心から真実を読み取ることも、あるいは出来たのかも知れない。
けれど。
ネスはただ、笑って頷いた。
「……そっか。ありがとう!」
人間とは、笑顔で泣くことも出来る生き物なのだと。
リュカはこの時、初めて知った。
「あの、ネスさん!」
リュカは決意する。
「ん?」
「僕、まだこの世界のこと、よくわからなくて……。
だから、これからいろいろと教えてほしいんです。お願いします!」
せめて『この世界』では、出来る限りこのひとの傍に居ようと。
「オーケイ。僕でいいなら喜んで!
よろしくね、リュカ!」
「はい!」
その笑顔に、今は遠い場所にいる兄の姿が重なった。
ポーキーの代わりになろうなんて思ってない。
兄さんの代わりになってもらおうとも思わない。
僕は「僕」として、このひとの隣に立って、認められたいんだ。
そして、いつか。
(いつか、このひとの背中を守れるようになれればいいな……)
某所に投稿したものを再掲。
フィギュアと言えど、ポーキーはまたネスに会えて幸せだったんだろうと思いたい。