つり橋効果って知ってる?


 見渡す限りの、荒涼とした大地。
 戦場の砦を後にして、亜空軍の行方を追うべく旅をしてきた三人の剣士は、切り立つ大岩が多数そびえる峡谷を進んでいる最中だった。

 山間の風がびゅうびゅうと吹き荒れ、彼らの髪やマントをはためかせる。
 うっかり足を踏み外そうものなら、強風に煽られて谷底へ滑落してしまいかねない。否が応にも、人間二人の足取りは慎重になる。
 一方、三名の中で唯一飛行能力を有する仮面の騎士――メタナイトは、時折背中のマントを翼に変形させながら、ひらりと優雅に岩場を進んでゆく。
 その余裕に満ちた後ろ姿を見やり、聖剣ファルシオンを携えた剣士マルスは羨ましげに呟いた。
「ふぅ……僕らにも翼があれば、落ちる心配をしなくて済むのになぁ」
 ごく小さな呟きは、山間を吹きすさぶ風に散らされたのだろう。傍らを進むもう一人の剣士からは、何の反応も返ってこなかった。
 マルスは横目でそっと、もう一名の同行者――アイクの様子を窺う。

 年の頃はおそらくマルスとほとんど違わないであろう青年は、己の身の丈ほどもあろうかという長大な両手剣――銘はラグネルというらしい――を軽々と片手で振るう膂力の持ち主だ。
 軽装のマルスやメタナイトに比べて装備が重い分、駆けたり跳んだりといった動きは苦手なはずだが、その精悍な横顔に疲労の色は全く見えない。
 よくもまあ、あんな大きな得物を担ぎながら、この不安定な足場を進んでいけるものだ――マルスは呆れ半分、感心半分でそう思った。

 その時、偵察役を兼ねて先行していたメタナイトが翼を畳み、地面に降り立つ。
「どうした?」
 遅れて同じ岩場に跳び上がったアイクが尋ねると、仮面の騎士は無言で前方を示してみせた。
「吊り橋……か」
 その手が指す方向には、切り立つ崖の間に渡された橋があった。
 編んだ蔓で木の板を申し訳程度に繋いだようにしか見えないそれは、この激しい風に耐えているのが不思議なほどの頼りなさで、ゆらゆらと揺れている。
「……大丈夫なのか、これは?」
「……解らないな。私は飛んでいけば良いが、貴公らはそうもいかぬし、難しいところだ」
「他のルートがあれば良いんだが、これまでの行程から見ると、その線は薄そうだな」
 メタナイトと意見を交わし合っていたアイクは、何となく違和感を感じて首を傾げる。
 何か、あるべきものが足りないような……
 そこまで考えて、アイクははたと気がついた。

 ――そう言えば、マルスがさっきから一言も発していない。
 普段なら、こういう時は大概冷静で的確な意見を述べてくるのに。
 傍らを振り返ったアイクの目に入ってきたのは、じっと吊り橋を凝視したまま、微動だにしていない青年の姿だった。
「……おい」
「…………」
「おい、マルス!」
「えっ? あ、何かな?」
 語気を強めて名を呼ぶと、彼はようやく反応した。笑顔で取り繕うが、明らかに動揺は隠せていない。
「どうかしたのか? ぼんやりして」
「……いや、別に何も無いよ。ちょっと考えごとをね」
 言葉を濁す青年を、アイクはじっと見つめる。
 ――何となく、顔色が青白いように見えるのは気のせいだろうか。

「体調でも悪いのか」
「いや、平気だよ。
 聞き逃してしまってすまない、何の話だったかな?」
 強引に話題転換を図るその様子は、その話には触れられたくないと如実に語っていた。
 気にはなるものの、アイクとしてもここで延々彼を追及して時間を浪費したいわけではなかったから、それ以上は問わず本題に戻ることにする。

「……こいつだ。造りに不安はあるが、他に回れる道も無さそうだしな。あんたはどう思う?」
「……渡るのかい? ここを?」
 アイクが吊り橋を示しながら問うと、マルスは形の良い柳眉を寄せた。
「この強風だし……ちょっと危ないんじゃないかな」
「だが、見たところ渡れそうなのはここしか無いし、回り道をしたところで他に道が見つかる保証もあるまい。
 時間の無駄になることを考えれば、一気にここを渡ってしまうのが結果的に一番安全だろう」
「うむ、彼の言うことはもっともだ。
 先程上空からざっと見渡してみたが、此処以外に向こうへ渡れそうな場所は見えなかったからな」
 仮面の騎士も、アイクの言葉に同意を示した。
「それは、確かにそうですが……」
 マルスは気の進まぬような表情で、顔にかかる髪を払いつつ橋を見ている。
 明らかに、吊り橋から目が離せない様子だ。

 面には出さず、アイクは内心で再度首を傾げる。
 確かに、正直自分たちの体重を支えられるかすら不安になってくる造りの橋ではある。強風に煽られれば危険だろう。
 しかし、逆に言えば問題はそれだけなのだ。
 出会ってさほど時間が経っているわけではないが、それでもマルスという青年の明晰な思考、判断力の高さは既に実感している。
 細心の注意を払ってこの橋を渡るのと、わざわざ時間を浪費して、あるかどうかすら解らない別の道を探すのと――どちらがより合理的か、それをこの青年が判断できないとは、アイクにはどうしても思えなかった。

 吊り橋。底の見えない切り立った崖。強風。
 ――それを前にして、傍目にも明らかなほど挙動不審な青年。

 アイクはそれらの要素に、強い既視感を覚えていた。
 確か、故郷の傭兵団で一緒だった奴が、これと全く同じ反応を見せたことがあったような……。
 しばし考え、アイクはふとある可能性に行き当たった。
 再びマルスをじっと見つめる。――その、明らかにいつもと違う様子を見ているほどに、考えは確信へと変わっていく。


 一方のマルスは、先程から同行者の青年が自分の方を見ているのに気づき、どうにも居心地の悪さを感じていた。
 ――明らかに、こちらの様子に疑念を抱いている目だ。
 巧いこと煙に巻いたつもりであったのに、動揺が滲んでしまっていたのだろうか。マルスは顔には出さないよう注意しながら、内心で溜息を吐く。
 普段は大雑把でいささか鈍いきらいのあるこの青年だが、それは単に興味が無いことや必要の無いことには労力を割かないというだけであって、決して勘が悪いわけではないとマルスは踏んでいた。
 彼の戦い方を見ていれば解ることだが、攻撃の隙を鋭い読みで補えるからこそ、あれだけ重い得物を自在に振るえるのだ。
 そんな彼だから、しつこく追及されると厄介なことになるやも知れない。付き合いも浅いことだし、容易に誤魔化しきれるだろうと高を括っていたが、甘かったか。
 普段通り、気にせず流してくれるならそれで良いのだが……。

 しかし、マルスの願いも空しく。
 じっと彼の様子を窺っていたアイクが、おもむろに口を開く。

「……なあ」
「……何だい?」
「もしかして、あんた高所恐」「わああああああ!!」

 何の前置きも無くストレートに核心を突かれ、反射的に大声を上げたマルスは手でアイクの口を塞いでいた。
 周囲の様子を見に飛び立とうと翼を広げかけていた仮面の騎士が、何事かと振り向く。
「……何だ。いきなり大声を上げて」
「あっ、す、すみません何でもないんです! ちょっと急に虫が来たので!」
 よく意味の解らない言い訳をしながら、マルスはメタナイトに向かってぺこぺこと頭を下げる。その左手は未だアイクの口を塞いでいるという、実に不自然な光景だったが、仮面の騎士は気にしなかったのかあるいは呆れたのか、それ以上の追及はしてこなかった。

「……」
「――え? あ、ごめん」
 もごもごと不明瞭な言葉で抗議され、マルスはようやく口を塞いでいた手を離す。
「……いきなり人の口を塞ぐ奴があるか」
「仕方ないじゃないか、ああもド直球に核心に踏み込まれるとは思ってなかったんだよ!」
 飛び立っていくメタナイトに聞こえないよう声を潜め、マルスは唇を尖らせる。
「別に知られて困るようなことじゃないだろう。高い所が苦「だから言うな口に出すな!」
 小声ながらも怒気を込めてアイクの言葉をぶった切り、深々と溜息を吐く。

「……べ、別に恐怖症ってわけじゃないんだよ。
 ただほら、吊り橋って揺れるし危ないし、メタナイト殿は飛べるから良いとしても、僕ら二人の体重を一度に支えられるとはとても思えないし、建設的に考えて渡るのは避けた方がいいんじゃないかと言ってるわけで」
「……つまり、苦手なんだな?」
「………………そうだよ! 悪い!?」
「何故そこで逆切れする」
 呆れたような表情を浮かべるアイクに、ふいっと顔を背けるマルス。


 ――出会った時からこうだ。
 口先と笑顔では誤魔化されてくれないこの青年に、マルスのペースは終始崩されっぱなしだった。
 人の上に立つ者として、出来るだけ己の本心を見せないよう振る舞ってきた彼の中には、アイクのように空気を読まず、ずばりと容赦なく本音に切り込んでくるタイプの人間に対するマニュアルが存在しないのだ。
 ――ごく一部の親しい相手を除き、周囲は皆、自分を気遣って深くは追及してこない人々ばかりだったから。

 その時、吊り橋の周囲を軽く旋回して戻ってきたメタナイトが、二人の傍にひらりと降り立つ。
「やはり、此処以外に通れる道は無さそうだ。
 私が先行しよう。貴公らは後から来ると良い」
 橋の途中に敵や罠などが存在する可能性を考えれば、飛行できるメタナイトが先陣を務めるのが定石だ。その提案に、アイクは無表情で、マルスは渋々といった様子で、それぞれ頷く。

「……俺は最後で良い。
 マルス、あんたが先に行け」
「ぼ、僕が最後で良いよ……」
 橋の上で立ち往生している姿を見られるなんて御免だ。そう思って抵抗を示したマルスだったが、やはりアイクは誤魔化されてはくれなかった。
「あんたより俺の方が重い。俺が先に行って、もし橋が落ちでもすれば、あんたが取り残されることになる。
 ここは、軽い奴から行くのが安全だ」
 ぐうの音も出ないほどの筋道立った正論に、さすがのマルスも反論の余地を見いだすことはできなかった。
 普段はほぼ直感で動くくせに、何だってこういう時だけ論理的なのか。
 確かに、何も考えず突っ走っているだけの人間に、傭兵団の長など勤まるわけが無いから、こういう冷静な一面があるのも理解は出来るのだが……今のマルスの心境としては、忌々しいと言うほか無い。

「準備は良いか? 私は先に行っているぞ」
 そう告げるとメタナイトは翼を広げ、人間二人の身長よりやや高いあたりを滑空するようにして、橋の上を進んでいった。
 その後ろ姿が砂塵に消えるのを見届けてから、アイクは傍らの青年を振り向く。
「そろそろ頃合いだろう。先に行け」
「……解ったよ」
 渋々といった体で、マルスは吊り橋の前に立った。


 たかだか数百メートルの吊り橋だ。
 自分の足の速さなら、ほんの数分で駆け抜けてしまえる距離。

 怖くない怖くない……怖くなんかない。
 まるで呪文のように心の中で繰り返しながら、マルスは地面を蹴って駆け出そうとした。
 が、吊り橋に足をかけた途端、たわむように上下に揺れる足場に、思わず硬直してしまう。
「うわっ……」
「おい、走らない方が良いぞ。揺れるからな」
「……っ、解ってるよ!」
 背後から聞こえた余裕ある声に、苛立ちを隠しきれず反射的に叫び返してから、しまったとこっそり舌打ちする。
 動揺していることを悟られたくなくて、精一杯平静を装い、マルスは歩き出した。



 ――約五分後。

 マルスは時折立ちすくみながらも、吊り橋の半ばあたりまで来ていた。
 深い渓谷の真っただ中、自分の身体を支えるものは、強風に煽られてぎしぎし揺れる頼りない吊り橋のみ。
 下を見れば確実に足が動かなくなること請け合いなので、真っ直ぐ前を見るよう心がけて進んできたのだが……そんな彼を嘲笑うかの如く、風はさらに強くなってきていた。

 ロープを掴んでいる手は、きつく握り締めているせいで指の間接が白くなっている。
 目を閉じ、胸に手を当てて深呼吸を一回。
 いつまでも立ち止まっているわけにはいかなかった――こうしている間にも、後ろからあの青年が追いついてくるかも知れないのだ。無様に動けなくなっている姿など、絶対に見せるわけにはいかない。

 下腹に力を入れ直し、一歩を踏み出そうとしたその時。
 ひときわ強い風が吹き、橋を大きく左右に揺らした。
「…………っ!」
 かろうじて声を上げることだけは耐えたが、がくんと脚が折れ、その場に膝をついてしまう。
 その拍子に、今まで見ないようにしていた下の風景が視界に飛び込んできた。
 煙る砂塵の向こうに、どこまで深く続いているのか知れない真っ暗な深淵。

 ――目眩がした。


「……何をやってるんだ、あんたは」

 呆れたようなその声は、すぐ背後から聞こえた。
 最悪だ、とマルスは唇を噛みしめる。
 ――よりにもよって、このタイミングで見つかるなんて。

 屈み込んでいるマルスの傍らを、革のブーツに包まれたしなやかな脚が通り過ぎる。
 彼の正面で止まったそれが、自分と同じように片膝をつくのを、マルスはどこか他人事のように眺めていた。

「……大丈夫か?」
 案じるように覗き込んでくる視線から逃れようと、マルスは殊更に顔を俯ける。
「……べ、別に大したことじゃないよ。
 歩いてたら、靴に蔓の切れ端が引っかかってしまったんだ」
 それが苦しすぎる言い訳であることは、彼自身が誰より一番解っている。
 けれど、素直に「橋が揺れて怖かったから固まってました」とは死んでも言いたくなかった。


 ――彼には、弱味を見せたくない。
 元々、誰に対しても弱い所を晒したくない気持ちはあるのだが、アイクに対してだけはそれが一層顕著になる。
 剣を扱う者という共通点がありながら、彼の方がその体格でも腕力でも、明らかに自分を上回っていた。自分が望んでも得られない男性的な魅力というものを、彼は持っている。
 それが羨ましくて、眩しくて――だからこそ、彼にだけは頼りたくないと思ってしまう。
 見た目のたくましさでは負けていても、自分だって彼と互角に渡り合えるのだということを、認めさせたかった。

 同じ剣士として。
 そして、どこか似たルーツを持つ者として。
 彼――アイクとは、あくまで対等な位置で居たかったのだ。


 そんなマルスの胸の内など知る由も無い青年が、小さく溜息をついたのが聞こえてくる。
 おそらく、その精悍な面には呆れたような表情が浮かんでいるに違いない――見なくても容易に想像がついた。
 腹が立つやら気恥ずかしいやらで、もう良いからさっさと先に行ってくれ、とマルスは切実に願う。

「ほら」
 その時、頭上から声が降ってきて、マルスの視界に何かがぬっと入ってきた。
 何事かと顔を上げた彼の目に、グローブに包まれた無骨な手が映る。

 目の前に差し出された左手と、その持ち主の顔とを、マルスは交互に視線を行き来させる。
 ……どうやらこの青年の中に「放置して先に行く」という選択肢は無いようだ。
 自身の希望が聞き届けられそうには無いと悟り、マルスは重い溜息と共に、上目遣いで眼前の相手に問いかける。
「……何」
「手を貸せと言ってるんだ」

 ――手を引いてやる、とでも?
 冗談じゃない、とマルスは激しい反発を覚える。
「い……いいよ。子供じゃないんだ、一人で行ける」
「……その状況でそういう台詞を吐けるプライドには感心するが、それじゃ対岸に着くまでに日が暮れてしまうぞ」
 全てを見透かしたようなその台詞が、無性にしゃくに障った。
 出会って数日程度だというのに、一体自分の何を解っているというのか。
 そのくせ、限りなく真実に近いところを突いてくるその言葉が、余計に苛立たしい。

 ――これだけ拒絶してるんだから、構わないでさっさと先に行けば良いじゃないか。空気の読めない人だな。
 心の中で毒づきながら、マルスはさらに言葉を重ねる。
「だから靴に蔓が引っかかっただけだってば。
 別に待ってなくたって構わないよ、すぐに追いつくから……」
「――ああもう、面倒臭い奴だな!」
 苛立ったような声が、精一杯の虚勢を遮った。同時に、左手首を掴まれぐいと引かれる。
 不意を突かれたのもあって、その勢いに半ばよろめきながら立ち上がったマルスを、アイクはお構いなしに引っ張って歩き始めた。

「ちょ、ちょっと」
 抗議の声を上げるが、まるで聞く耳を持つ様子は無い。
 ずんずん進んでいく青年に引っ張られ、マルスは揺れを怖いと感じる間すら無く、吊り橋の上を歩いていく。
 強引な振る舞いには苛立ちを覚えたけれど、ここで彼の手を振り解こうとして橋を揺らしてしまう方が、自分的にはまずいことになる。
 いささか業腹ではあるものの、ここは大人しく引きずられておくことにして、マルスは目の前にある背中を睨む。

 ――利き腕を掴むのを避けたのは、おそらく戦士としての本能的な礼儀なのだろう。
 しかし、アイク自身も右手に剣を携えているため、左手でマルスの左手を引いている形になり……引っ張られている側としては、正直、とても歩きづらい。

(誠実なのは認めるけど、肝心なところには気が回らないんだよね、全く……)
 マルスは内心でぶつぶつと文句を言ったが、それでも手を外そうとはしなかった。
 下手に暴れて落ちるのが怖かったのもある。
 けれど、それ以上に――手を引かれていることによる安心感のようなものが、とても心地好かったから。

(――認めるのは悔しいから、絶対に言ってあげないけれど、ね)



 ほどなくして、剣士二人は無事に吊り橋を渡り終えた。
 岩場に降り立った彼らの前に、ばさばさっと翼を鳴らしながらメタナイトが舞い降りる。

「何かあったのか? 随分と時間がかかっていたようだが」
「ああ、すまん。
 橋の途中で蔓に靴を引っかけてな、外すのに手間取った」
 さらりと、事も無げにそう言ってのけたアイクに、マルスは驚愕の表情で視線を送る。
 その横顔はいつも通りの無表情で、何の意図も作為も感じられない。

 こちらに一瞥もくれることなく、メタナイトの後に続いて歩き出す背中に、マルスは忌々しげな視線を送る。
(……何なんだい)
 先程は、あれだけ無神経な発言を連発したくせに。
 こちらが触れるなと言外に示しても、全く意にも介さず追及してきたくせに。
 他人に問われたら、さも自分がミスをしたかのように言い繕って。
 それが当たり前みたいな顔をして、感謝しろとも言わないなんて。

(――それで、恩を着せたつもりかい?)
 マルスは心の中で毒づいたが、それが真実で無いことなど、彼自身もとっくに解っているのだ。

 きっと、彼には何の思惑も作為も無い。
 ただ、相手にとって最善と思ったことを為した――それだけのこと。

 何故と問う必要すら、彼には無い。
 息をするように自然に、そういう振る舞いが出来る……それだけの器量を、彼は生まれながらにして持っているから。

 そんな青年に、マルスはどうしようもなく妬ましさを覚えずにはいられなかった。
 ――そして同時に、嫉妬の陰に隠れている別の感情にも、気づいてしまう。
 何故か焦って周囲を見回す――誰に見られているわけでもないというのに。


 ふと、手の甲で頬に触れてみる。
 自分でもはっきりと解るほど、顔は熱を持っていて。

(……これは一体、どういうことかな……?)
 まさか、もしかして、ひょっとして?


(――そんなわけ、ないじゃないか)
 吊り橋のせいだよ、吊り橋の。
 否定するようにぶんぶんとかぶりを振り、マルスは二人の後を追って駆け出した。



あんなに空中戦得意なマルスが高所恐怖症なわけないじゃないですかーやだー。
ツンデレ王子様 おいしいです



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