Waiting 4 U
「――言う、言わない。
言う、言わない、言う……」
川縁に独り座り込み、白い花弁をちぎっては落とす。
何の解決にもならないと解りながら、繰り返す行為は空しいだけ。それでも縋ってしまうのは、自分の心が弱いから。ああ、ほとほと嫌気がさす。
意味なし甲斐なし、意気地なし。
男のくせに。こんな様だから、想いのひとつも告げられないのだ。
最後に一枚残った花びらを、恨めしげな目で見つめる。
花に罪はないじゃないか。そう自分に言い聞かせながらも、唇から零れるのは溜息。
無為な手慰みの犠牲にしてしまった花に心で詫びて、その残骸をそっと川に流した時。
「――どうしたんだい、こんな所で」
背後、それも至近距離から投げかけられた声に、心臓が飛び跳ねる。
単なる驚愕だけじゃない――声の主が「その人」で無かったなら、これほど驚きはしなかっただろう。
「……っ!!」
息を呑んで硬直した後、おそるおそる振り向けば。
斜め後ろに立ち、こちらを見下ろす優しい瞳と視線が合った。
思った以上に近かったその距離に、ますます鼓動が早くなるのを自覚する。
「……キルロイ? 具合でも悪いのかい?」
穏やかな面に案じる色を乗せ、その人は上体を屈めた。膝に手を当て、顔を覗き込むように見つめてくる。
「ううん、大丈夫だよ。ちょっと休憩してただけ……」
平静を装うも、震えそうに強張った指先。決して悟られぬよう袖に隠す。
「……そうか」
何かを探るかのような沈黙の後、彼は含みのある口調で頷いた。
気づかれただろうか。
気づかれてはいけない。いっそ気づかれたい。気づいてくれればいいのに。
矛盾した感情が混じり合い、胸の中でぐるぐる、濁った渦を巻いた。
『君が好きなんだ』
そう一言、告げることが出来たなら、どんなに良いだろう。
※
別の日の夜、キルロイはティアマトから預けられた書類を抱えて砦の廊下を歩いていた。
渡して欲しいと頼まれた先の相手は、団の先輩でもあり親友でもある青年。
目的の部屋の前に立ち、軽く扉をノックする。――返事は無い。
不在だろうかと首を傾げ、ドアノブに手を掛ける。しかしちょっと押しただけで、扉は何の抵抗もなくすんなり開いた。あの青年の性格からして、鍵を掛けずに部屋を空けるとは思えない。おそるおそる、ドアの隙間から室内を覗き込んで。
「オスカー? あの、入っても……」
あ、と言葉を切る。
その視線の先、決して広くない部屋の奥にあるベッドで、部屋の主たる青年が穏やかな寝息をたてていた。上掛けもかけず着の身着のままの様子からして、少し横になって休むつもりが寝入ってしまったのだろうか。
てっきり何か作業をしているものと思っていたのに――見てはいけないものを見てしまった気がして、キルロイは慌てて目を逸らした。
とりあえず、頼まれ事だけは果たさねばと、抱えていた書類をそっと机の上に置く。
足早に扉へ向かい、そのまま部屋を出て……そうしてしまえば良かったのだ。
うっかり横目で、彼の様子を窺ってしまったのが運の尽き。
普段の完璧で隙のない立ち居振る舞いからは想像できない、想い人の無防備な寝姿――その抗いがたい誘因力に、気づけばふらふらと寝台の傍らへ引き寄せられてしまっていた。
枕元に膝をつき、じっとその寝顔を見つめる。
自身の腕を枕に横向きで眠る彼の、端正な面がすぐ目の前にあった。微かな寝息に規則正しく上下する肩を、夢か現か定かでない気分でぼんやりと眺め……改めて、自身の中に根ざした想いを自覚する。
――彼を、自分だけのものにしたい。
それは、神にも人にも許されぬだろう恋心。
手が届かないと諦めていたそれが、こんなにも無防備な姿で目の前に在る。少し指を伸ばすだけで、容易く触れられるほど近くに。
――触れても、良いのだろうか?
今なら誰にも。彼自身にすら、気づかれる事はない。溢れる想いのまま、吸い込まれるように顔を近づける。互いを隔てる物、邪魔する者は何も無い。ほら、もう少し。あとほんの少しで、その唇に触れる……
(――やっぱり、駄目だ)
かぶりを振って、キルロイは傾けていた上体を起こした。
こんな形で奪ったところで、後悔が残るだけ。男として、これ以上みっともなくなりたくは無かった。
「ごめん」
一瞬でも卑怯な振る舞いに及ぼうと思ってしまった事を、眠る彼に小さく詫びて。
キルロイは立ち上がり、足早に部屋を後にした。
「――やっぱり、駄目か」
薄く片目を開け、眠っていたはずのオスカーが呟いた。口元には微かな苦笑。
そのままごろりと寝返りを打つと、天井を見上げて再び目を閉じる。
(――ずっと、待っているんだけどな)
いつになったら、君は私に想いを告げてくれるんだろうね?
広コミ参加時のペーパーに掲載したおまけSS。
相手を好きすぎて必死なキルロイ×そんな彼が可愛くて仕方ないオスカー……アリだと思います。