「——今、なんて?」

 耳に届いた言葉の意味を十分理解していながら、空は反射的に訊き返していた。
 その様子を感情の読めない眼で一瞥し、仮面の男——ダインスレイヴは先程と同じ言葉を繰り返す。
「カーンルイアは、神々によって滅ぼされた」

 彼との再会は、全くの偶然だった。
 否、アビスの影を追っていた時点で、それは必然だったのかもしれない。
 アビス教団にまつわる遺跡の奥深くで旅人が見たのは、宝盗団の成れの果てと、逆さに吊られた風神像だった。
 襲ってきたアビスの使徒を辛くも退け、空はパイモンと共に遺跡から脱出。そこで、アビスの痕跡を追ってきたダインスレイヴと遭遇したのだ。

「そ、そんなの……歴史の本にだって載ってない……」
 ショックを受けた表情で、パイモンがぶるぶると頭を振る。
 カーンルイア——その名は、双子の妹へ繋がるであろう数少ない手がかり。
 あの時、妹に呼び覚まされた自分の視界に映ったのは、一面の火の海だった。
 呆然とする自分に、蛍は告げた。カーンルイアが滅亡し、これより天変地異が訪れる。一刻も早く、この世界を去るべきだと。
 そして、彼女と共にテイワットを出ようとした時、あの謎の神に行く手を阻まれた——。
 今にして思えば、彼女は何故そのことを知っていたのだろうか。自分より先に目覚めていたとしても、未来に起こることまで知り得るはずがないのに。

 カーンルイアに関して、ダインスレイヴが何らかの情報を知っていると踏んだ空は、その体験を彼に明かした。
 話を聞いた青年は、旅人の見たものがカーンルイア滅亡の光景に間違いないと肯定し、そして。
 その滅びが、神々によってもたらされたものだと告げたのだ。

 ダインスレイヴという男は、七神への嫌悪を隠そうともしていなかった。あくまで個人的な感情だと断りながらも、神は信用ならぬと嘯いて、仮面の奥から真っ直ぐに旅人を見据える。
「神という存在を信じ切るな。どれほど善良に見えようと、奴らへの警戒を怠ってはならない」
「だが、覚えておくがいい。いかに憎き神相手であっても……凶行、簒奪の道に墜ちるべきではないと」
 その矛盾した物言いに、空は戸惑う。いっそ、神はすべからく邪悪であると言い切ってくれれば、余程わかりやすかっただろうに。

 翠緑の風をまとう吟遊詩人の悪戯な笑顔が、揺るがぬ意志を湛える青年の金の瞳が、空の脳裏に鮮やかな色彩を伴って浮かんでくる。
 ダインスレイヴの言う「神々」とは、七神のことなのか。彼らが、カーンルイアという国をあの地獄へと変えたのだろうか。
 仮面の青年は既に背を向け、アビスの痕跡を追うべく歩き出している。これ以上語る気は無いと言わんばかりに、その後ろ姿は空の疑問を拒絶していた。

(鍾離先生……)
 ぐっと拳を握り込み、少年は胸の内でその名を呼ぶ。
 たびたび眠りに就いていたという風神ならば、あるいは知らない可能性もあるだろう。けれど、最も長く七神の座に在り、今日までずっと璃月を見守り続けてきた岩神が、五百年前の天変地異を知らないということはまずあり得まい。
 今まで鍾離と交わした会話の中で、アビス教団の話も当然出てきた。だが今にして思えば、アビスという存在について、かの青年が自ら触れたことは一度も無かった。

 元より、鍾離が全てを自分に明かしているとは思っていなかったし、そうして欲しいとも思わない。
 人には皆、己の領分というものがあって、大なり小なり秘密を持っている。空自身とて、彼に明かしていないことはいくらでもあるのだ。
 だから、これは彼に対する感情ではなく。
 
 空は愕然とする。
 近づきすぎてはいけない存在と認識しながら、彼に気を許しきっていた自分自身に、気づいてしまったから。

「——旅人? どうしたんだ?」
 心配そうなパイモンの声に、空の意識は現実に引き戻された。
 何でもないと答えて、独りひそかに唇を噛みしめる。

 次に彼と会ったなら、自分はこのことを問わねばならない。
 彼が沈黙を貫いているのも、相応の訳があるのかもしれない。けれど、こちらにも譲れない理由がある——妹に関する手がかりを得るために。そして、自身の感情に整理をつけるためにも。
 真っ直ぐに前を見据えて、空は先を行くダインスレイヴを追った。




 暗闇の中、少年はひとり立ち尽くしていた。
 どことも知れぬ場所。時間も方角もわからない。途方に暮れて辺りを見回せば、漆黒のインクで塗り潰されたような景色に、ぼんやりと白い影が浮かび上がる。

「——蛍!!」
 空はとっさに叫んだ。
 自身と同じ金の髪、揺れる白い衣、髪を飾る純白の花。見間違えるはずもない。ずっと捜していた、この世でたった一人の、肉親。
 叫ぶ声に反応し、彼女はゆっくりとこちらを振り向いた。
「空……」
 片時も忘れたことはなかった懐かしい声に、ようやく会えたと空は安堵する。
「蛍、俺と一緒に帰ろう」
 昔のように手を取り合えると微塵も疑わず、少年は妹に向かって右手を差し出す。
 だが、予想はあっけなく裏切られた。彼女は伸べられた手を悲しげに見つめ、ゆっくりと首を横に振ったのだ。
 しばし呆然とした後、その仕草の意味を理解した空が悲痛に問う。
「そんな、どうして!」
「蛍が戻ってきてくれれば、俺は他に何も——」


「嘘つき」

 突然投げつけられた言葉に、空は凍りつく。
 蛍は——笑っていた。口角を吊り上げて、まるで彼を嘲るように。

「私、知ってるよ。
 空、私の他に大切な人が出来たよね?」
「な、にを……」
 上手く言葉を発せない。体中の血が、急速に冷えていくような感覚に陥る。
 彼女は……一体、何を言っている?

「そんな風に思っちゃいけない相手だって、わかってたくせに。
 私を見つけることが最優先、なんて言いながら」

 ——彼に、×してしまうなんて。

「もう私のことなんて、どうでもいいんでしょ?」
「違う! そんな、俺は……」
 否定したかった。蛍を探し出し、再び共に旅立つことが自分の唯一絶対の目的であり、それは何ら変わっていないと。
 けれど、焦る心とは裏腹に、口から出るのは要領を得ない言葉ばかりで。

「貴方はもう、私の知ってる空じゃない」
 憐れみすら滲ませて、蛍は彼を見つめる。

「あなたは わたしをうらぎった」

 決別を告げる声は、刃となって少年の心臓に突き立った。
 絶対零度の氷のように冷たい瞳で、蛍——否、アビスの姫は、かつて兄と呼んだ者を一瞥し去ってゆく。
 どれほど走っても、互いの距離は開くばかり。伸ばした手も、呼びかける声も、彼女には届かない。
 どうすることもできない絶望に苛まれながら、空はただ妹の名を叫び続けた。

「蛍! 蛍ッ——……!!」


 掛け布を跳ね除ける勢いで、空は飛び起きた。
 肩で息をしながら、しばし呆然とする。

 闇の中、周囲を見回し、そこが粗末な宿屋の一室であることを思い出す。傍らの寝台で眠っている相棒の姿を確認し、空は胸の奥から深々と息を吐き出した。
(夢、か)
 全身が、じっとりと嫌な汗で濡れている。ひどく不快だったが、それを拭う気にもなれず、寝台の上で膝を抱えるようにうずくまる。

 ——冒涜的な逆さ神像の前で、捜していた妹と刹那の再会を果たしたのが一週間前のこと。
 ようやく見つけた妹は、アビスの使徒から姫様と呼ばれていて……ダインスレイヴを敵と称した。
『お願い、空。私の——アビスの、邪魔をしないで』
 自分にはやらなければならないことがある、だからまだ一緒には行けない、と。
 蛍はそう言い残し、空の前から姿を消した。
 彼女も、そして彼女を追って空間の裂け目へと飛び込んだダインスレイヴも、その行方は杳として知れない。

 妹がアビスに与していたことには衝撃を受けたし、再び彼女と別れることになった辛さもある。しかし、空はいつまでも落ち込んではいなかった。
 少なくとも、妹が生きていると解っただけでも収穫だ。謎は多いが、考えてもわからないことなら、今あれこれ頭を悩ませたところで意味はない。
 終点へたどり着けと、蛍は言った。ならば、自分は旅を続けるのみ。

 そう、割り切っていたはずなのに。
 何故今になって、こんな夢を見るのだろう。

 夢で見た氷のような瞳を思い出し、空は身震いする。
 ——本物の蛍なら、あんなことを言うわけがない。

 あれは、自分自身の罪悪感の発露だ。
 妹を探すという目的がありながら、かの青年と過ごす時間に喜びを見いだし、少しでも長くと願ってしまった。
 貴方のいる所が「家」だと、そう告げた蛍の顔を思い出す。どこか思い詰めたような、強い意志を宿した瞳。彼女はきっと、この世界に関して自分の知らぬ何かを知ってしまったのだ。
 半身たる妹が苦しんでいるのに、己だけがのうのうと甘い感傷に浸るなど、どうして許されるだろう?

 夢の中の蛍は、鏡に映った自分自身。その言葉は、意識の深層から発せられた警告だ。
 彼に心を寄せすぎている己への、戒め。

 空は背中を丸め、立てた膝に顔を埋めた。
 あの夜、彼の瞳を見た時から。友情とは別の何かが、自身の心に根を下ろした。
 気の迷いだろうと、そう思っていた。けれど、彼との交流を重ねるたび、それは着実に枝を伸ばし、気づいた時にはもはや無視できぬほどに育っていた。
 それが一般に何と呼ばれるものか、自分はすでに知っている。その感情に名をつけることを拒み、気づかないふりをしていただけだ。
 叶うはずのない、叶えてはならない想いに名をつけても無駄なのだから。

「————」

 唇だけを動かし、その名を呼ぶ。
 夜明けはまだ遠く、動かぬ星々の光だけが小さな背中を見守っていた。




 地下から出てきた者達を、穏やかな陽の光が優しく出迎える。
 空は目を細めて、少し先に佇むふたつの人影を見つめた。

 事の発端は、行方不明になった鉱夫の捜索依頼だった。今にして思えば、この件に鍾離が同行することになったのも、何かしらの運命の導きがあったのかもしれない。
 鉱夫たちの足取りを追ってたどり着いた、南天門にそびえる巨樹。その地下で、かつて岩王帝君に封じられた岩の巨龍と対峙し、そして。
 図らずも、鍾離は旧き友との再会を果たすこととなる。

 クンジュという青年の内に宿った、若陀龍王の意思の欠片。本体より切り離された彼が、現世に留まれる猶予はそう長くないと、この場に居る誰もが察していた。
 懐かしげに言葉を交わす二人から、空はそっと離れようとする。
 その時、鍾離が一瞬彼の方を見て、軽く頷いた。「お前にも聞いていてほしい」というようなその仕草に、少年はしばし迷った後、その場に留まることにした。
 異邦の旅人が見守る中、残りわずかな時を噛みしめるように、二人の会話は続く。

「俺はもう、岩神ではない」
『ああ、知っている』
「璃月は人の手に委ねた。これからは、ただの凡人として生きてゆくつもりだ」
『そうか。……最も堅強な魂を持つ貴様ですら、摩耗からは逃れられぬか……』
 摩耗。何ということもないその単語は、耳にするたび何故か空の神経にざらついた余韻を残す。テイワットのあまねく生命体に対し、「天理」が定めたという理。
『貴様も吾も、永遠に近い時を生きる者。そうでなければ……貴様も変わり果てた吾と、望まぬ再会を強いられることもなかったろうに』
 若陀の嘆きに、鍾離は笑ってかぶりを振った。
「冗談を。旧友との再会は、喜ばしいことだ」
 微笑むその横顔があまりにも綺麗で、見守っていた空は目を奪われる。彼が本心からこの再会を喜んでいることを、その表情は何よりも雄弁に語っていた。

 クンジュの身体にまとわりついていた、金の燐光が明滅する。別れの時が来たことを示す、合図。
「行くのか?」
『ああ』
 短いやり取りに込められた、万感の思いを旅人は感じ取る。次いつ会えるかもわからない、もしかしたら今生の別れかも知れぬ。それはきっと、彼らが一番よく知っているだろう。
 それでも、縁があれば必ず、と再会を期して。
 岩神モラクスの友は、金色の風となって静かに去っていった。


 意識を失ったクンジュを天幕で休ませた後、鍾離は空を巨樹の根元へと誘った。
 そよぐ枝葉を仰ぎ見て、青年はゆっくりと口を開く。
「お前達には世話をかけたな」
「気にしないで。元々は俺達が頼んだんだし」
 見上げたその顔は冷静そのもので、いつも通りの彼だった。だが、旧友との別れに何も感じていないわけがない、と空はその内心を気遣う。「岩石にも心がある」——他ならぬ彼自身が言っていたことだ。

「千年前の話だ……俺にとっては、つい昨日のことのように思える」
 遠くの山稜に目を向けながら、鍾離は詩を詠むように言葉を紡ぐ。

 かつて、地の底から意思持つ奇岩を見いだしたこと。その岩から龍の姿を彫り出し、光を見る目を与えたこと。
 龍は永らく岩王帝君の友として、璃月を守護した。しかし、長い年月の中でその記憶を失い、開拓のために地脈を乱す人間を憎むようになる。
 そしてついに、璃月の民に牙を剥いたかつての友を、岩王帝君は自らの手で討ち、地下へと封じた——

「あの戦いで俺が勝ったのは、彼の心に俺と璃月への情が残っていたからだ。彼は自身が地上の生命に害をもたらすことを良しとせず、自ら封じられる道を選んだ」
「己がそう選択したことすら、もう彼は忘れてしまったが」
 封印を破った若陀龍王を辛くも下し、再びその場に縫い止めた後。またしても貴様に、と呪詛を吐く龍王を前に、鍾離は一瞬、ひどく苦い表情を浮かべていた。
 自身のことを語らぬ彼が、ほんのわずか垣間見せた痛み。千の言葉を尽くすよりも、それは空に『摩耗』の恐ろしさを知らしめた。
「元素生命体である若陀の寿命は、ほぼ永遠に近いと言ってもいい。だが、器の形は保てても、精神の方は長すぎる生に耐えられない」
「それが『摩耗』……」
「ああ、そうだ」

 鍾離は何事においても、どこか他人事のような話し方をする。それが岩王帝君——すなわち自身のことであっても。
 今だって、まるで自分には関係ないかのような口ぶりだが、他ならぬ彼自身はどうなのか。一番気にかかっていることを、空は彼に訊ねる。
「鍾離先生は、大丈夫なの?」
「……そうだな。俺も、例外ではない。
 盤石も数千年を経れば削れ、磨り減ってゆくものだ」
 しばし沈黙した後、青年はそう認めた。
「だから、ずっと考えていた。その時が来たなら、潔く離れるべきだと」
 空の脳裏に、いつか鍾離と訪れた地中の塩の光景が浮かぶ。
 彼が語った、塩の魔神ヘウリアの末路。魔神の中では比較的弱いとされた彼女ですら、その最期の時に放たれた力は、彼女が庇護してきた人々を塩の像へと変えた。魔神の死は、少なからず周囲を巻き込んでしまう——当人の意思に関わらず。
 もしも、一国を治める七神が神のまま死を迎えたら、あるいは「摩耗」によって我を失ったとしたら。
 その余波は、守りたかったはずの国を、民を、跡形もなく消し去ってしまうだろう。
「だから、先生は——」
 神の座を降りたんだね。
 空の言葉に、鍾離は小さく息をつく。声はなくとも、その沈黙が肯定を示していた。

「契約の神たる俺は、常に正しく在らねばならなかった。たとえ、長年の友をこの手にかけたとしても」
 何かを確かめるように、右手を握っては開いて。
 青年は、静かに天を仰いだ。

「正しき道のために、諦め続け、失い続ける。
 それが、俺に科せられた『摩耗』なのかもしれないな」
 そう呟く横顔を前に、旅人はただ言葉を失うしかなかった。

「いつかお前が言ったように、心が無ければ楽だったのだろうな」
 手を胸に当て、微かに笑う青年に、空は息を呑む。
「だが、立場は変われども、俺は人の神だ。
 人が創る世の行く末を、この目で見届けねばならない」
 それが、神の座に在った者の義務なのだと。
 迷いなく言い切る金の瞳に、胸を突かれた。
 苦悩、悲嘆、諦観、覚悟、慈愛——数多の感情を内包する黄金。全てを飲み込み、心を磨り減らし、それでも決して原初の契約を違えなかった最古の七神。

「鍾離……神を辞めた後も、璃月のことを気にかけてるのか……」
「俺の役目だからな」
 パイモンの感じ入った言葉に、事も無げにそう返す声。
 それを遠くに聞きながら、爪が刺さるほどに拳を固め、空はひとり決意する。

 ——これ以上、彼に近づいてはいけない。

 やはり、自分の勘は正しかったのだ。
 長い生の中、繰り返される親しき者との別れ。打ち寄せる波が岩を削るように、それは強靱な彼の精神をも徐々に摩耗させていったのだろう。
 自分の勝手な想像に過ぎないのかとも思ったし、そうであってくれればと、心のどこかで望んでいた。けれど鍾離自身の口から、彼を蝕む『摩耗』についてはっきりと語られた今、空の懸念は真実であったと確定してしまった。

 これ以上、彼の心に傷を増やすわけにはいかない。
 自分はテイワットの外から来た者。いずれ目的を果たしたなら、また別の世界へと飛び立ってゆく旅人。
 いつだって、自分は去る側だった。旅の中で多くの出会いを得るけれど、次の世界へと発つ時は、いつも妹と二人きり。そうやって、世界を渡り歩いてきたのだ。

 そうと知りながら、卑しくも彼に心を寄せておいて、最後は結局置き去りにして。
 彼にまたひとつ、親しき者との離別という名の傷を刻みつけるのか。

 そんなことが許されるはずもない。何より、空自身がそれを許せない。
 友達になってほしい、などと軽率に願って、それが叶ったことに浮かれていた、かつての自分に吐き気がした。

(これで、最後だ)

 もう、鍾離とは会わない。会ってはならない。
 そうでもしないと、彼に惹かれる心を止められないとわかっていた。ここでその根を断ち切らなければ、彼にさらなる摩耗を強いることになってしまう——それだけは嫌だと、強く思った。

「先生、待って」
 彼と離れる前に、これだけは訊いておかなければならない。決意を胸に、空は声をあげた。
 次に彼と会ったなら、必ず確かめなければと心に決めていたこと。
「どうした?」
 怪訝な表情でこちらを見る金の瞳を、真っ直ぐに見返す。
 その美しい黄金に、自分が映ることはもう無いのだと思うと、泣きたいほどに胸が痛むけれど。
 空はゆっくりと、噛みしめるように、その言葉を口にした。
「訊きたいことが、あるんだ」

 初めて芽生えた感情は、結局名付けられぬまま。
 少年は自らそれを手折り、意識の海の底へと沈めた。





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