1年余りにわたり続いたデイン・クリミア間の戦争は、ベグニオンの後ろ盾を得たクリミア解放軍総大将アイクがデイン国王アシュナードを討ち果たした事で、一応の終結を見た。
 突然のデインの侵略によって、王族の大半を失ったクリミアの痛手は決して小さいものではなかったが、隣国ガリア及び宗主国ベグニオンの援助を受けた先王の遺児エリンシアが新たなる女王として即位。彼女の先導の下、クリミアはゆっくりと、しかし確実に復興への道を歩み始めていた。



「オスカー、戻りました」
「あら、早かったのね。お疲れ様」
 グレイル傭兵団の本部として使用している部屋に現れた騎士に、副長ティアマトは労いの言葉をかける。

 クリミア王宮騎士団が詰めている兵舎。現在、アイク率いるグレイル傭兵団はその一郭を間借りする形で生活していた。
 クリミア解放の実質的な立役者であり、新女王エリンシアから爵位も与えられているアイクは、本来なら王宮で下にも置かない扱いをされていてもおかしくなかったし、実際エリンシアはそう望んだ。しかし、アイク本人はそれを頑なに断り、あくまで雇われの一傭兵団として振る舞う姿勢を崩さなかった。
 平民の身でありながら爵位を賜り、女王から全幅の信頼を寄せられている自身に、女王周辺の貴族達が好意的でない視線を向けていることを、彼は敏感に感じ取っていたのだ。それ故、救国の英雄という殊勲を喧伝することもなく、団員達にもなるべく目立つなと内々に釘を刺す徹底ぶりで、とにかく特別扱いを避けたいというのがアイクの意向だった。

「首尾はどうかしら?」
「村を襲った賊を掃討後、周辺をひと通り捜索して残党が居ないことを確認しました。こちらも被害を受けた者はおりません」
「そう。いつもながら見事な手際ね」
「恐れ入ります」
 オスカーが一礼する。
 彼は昨日から、仲間二人と共に王都メリオルの北東にある小さな村へ出向いていた。村がならず者に襲われていると、住民から救援要請があったためだ。
 本来ならば王宮騎士団の仕事だったが、国を挙げての復興作業中である現在、王宮騎士達は非常に多忙である。そういった騎士団の手が回らない部分を引き受けるのが、最近のグレイル傭兵団の主な任務だった。
 とにかく回ってくる仕事量が多いため、自ずと少人数での行動にならざるを得ない。手に負えないようであれば人員を増やしてから改めて事に当たるが、幸いにも今回は相手が寄せ集めの賊で大した数ではなかったため、三人でも十分に対処できた。

 青年の報告を聞きながら、ティアマトはさらさらと書類に羽ペンを滑らせる。
「では、この案件はこれで完了ね。騎士団の方にも報告を上げておくわ」
「よろしくお願いします」
「今は特に仕事は残っていないし、体を休めていて頂戴。急な依頼が来るかも知れないから、連絡はつくようにしておいてね」
「はい、了解しました」
 報告書にサインを書き終えたところで、ティアマトはふと首を傾げて青年に訊ねた。
「……ところで、後の二人は?」
「実は、ここへ来る途中、修復中の建物が崩落している所を見かけまして。
 巻き込まれた人が居るとの事で、ボーレとキルロイが救出作業の手伝いに残ったんです」
 報告は私一人でも十分かと思いまして、と淀みなく返答するオスカーに、ティアマトは納得したように頷いた。
「そうだったの。そういうことなら仕方ないわね。
 それじゃ、この事は二人にも伝えておいて」
「はい」
「……任務から戻ってきたばかりだというのに、二人も大変ね」
 事務的な態度から一転、弟を思いやる姉のような表情で彼女は苦笑する。
「残ると言ったのは、彼ら自身ですから。副長がお気に病む事はないかと」
「詰め込み気味で回してるのは元からだけど……ここのところ、仕事の量が半端じゃなく増えているものね。
 騎士団からの依頼となれば、選り好みするわけにもいかないし」
 安定して仕事にありつけるのはありがたいのだけど、とぼやく女騎士に、オスカーも苦笑混じりで応える。
「心中お察しします」
「まあ、団長のアイクが文句ひとつ言わず働いてるんだから、私が愚痴を零していてはいけないわね」
 先代のグレイルがそうだったように、アイクも自ら率先して現場に出向くタイプの長だった。団員と同じ、いやそれ以上に仕事量をこなしているかも知れない。もっとも彼の場合、デスクワークをやるくらいなら身体を動かしたいに違いない、というのがおおよそ団内部での共通認識である。
「まあ、仕事が無いよりは良いのですが。
 確かにこう立て込んでいては、暇な時間が少々恋しくなりますね」
 ゆるりと笑う青年を、ティアマトは手を止めてまじまじと見つめる。そして、独り何かを納得したように頷いて。

「――オスカー、変わったわね」
「……え?」
 何を言われたのか分からないといった表情を浮かべる彼に向けて、赤毛の女騎士は言葉を継ぐ。
「何と言えばいいのかしら。こう、雰囲気というか……
 以前に比べて、受け答えが柔らかくなったような、そんな気がしてね」
「……私の態度は、そんなに刺々しかったでしょうか?」
「ああいえ、そういう意味ではないの」
 気を悪くしたらごめんなさいね、と前置きして、ティアマトは話を続けた。
「貴方は人当たりも良いし、全てにおいてそつなくこなす。ただその分、どこか隙を見せない印象だったわ。
 立場的に仕方ないのでしょうけど、常に気を張っているような感じで、私はそこが少し気になっていたの」
「……」
「でも、最近になって、それが薄れたというか……纏う空気や表情が、良い意味で緩くなったように見えるわ。
 私の思い込みかも知れないけれど、ね」
 何か、心境の変化でもあったのかしら?
 そう言って、ティアマトはおどけた風に片目を瞑ってみせた。
「――そう、でしょうか?
 自分ではよく分からないのですが……」
 そう返す青年の表情からは、どう答えていいか悩んでいるのがありありと窺えた。
「そうね。本人には解らない類のものかも知れないわね。
 でも、もし私の見立てが当たっているなら、それはとても良い傾向だと思うわよ?」

「……正直に申し上げますと、今までの私についての印象はご明察の通りだと思います」
 しばしの沈黙の後、自嘲めいた苦笑を口元に刷いて、やや低いトーンでそう告げる。
 年の離れた弟達の手本であらねばならないという思いが、心の奥底にずっとあったのは確かだ。そのおかげで今の自分があり、自身としては今の境遇に何の不満も後悔も持ってはいないのだが、他人から見れば本心を見せず信用ならないと感じる部分もあっただろうと、オスカーは自覚していた。
 その返答を聞いたティアマトは、我が意を得たりと言わんばかりに机から身を乗り出す。
「そう、それよ。それ」
「……はい?」
 呆気に取られる青年をよそに、女騎士は手にした羽ペンを振りながら続けた。
「以前の貴方なら、こういう時は肯定も否定もせず、曖昧に誤魔化していた場面じゃないかしら?
 私が貴方の事を変わったなと感じているのは、そういう所なの」
「は、はあ」
 目上の相手を前にしては常に礼儀正しいこの青年には珍しく、当惑を露わに生返事を返す。その様子を気に留める事もなく、どこか嬉しそうに頷くティアマト。
「入団の時点で既に貴方は即戦力だったから、頼ってしまう場面も多かったものね。
 少しは肩の力を抜けるようになったなら、私としても安心だわ」
「いえ、そんな……勿体無いお言葉です」
 彼女の言う「変化」に関してはいまいち自覚できていないものの、この上司が自分の事を思い遣ってくれている事は理解できたので、オスカーは丁寧に頭を下げた。

「お気遣い頂いて、ありがとうございます。
 ――では、私も二人の居る現場に戻ります」
「あら、ごめんなさいね。長々と引き止めてしまって。
 無理しないようにって、二人にも伝えておいてね」
「はい。それでは、失礼いたします」
 上司の声に見送られながら、オスカーは部屋を後にする。


 綺麗に磨き込まれた兵舎の廊下は、重ねた年季を感じさせない堅牢さで踏みしめた靴裏を弾き返す。
 出来るだけ靴音を立てないように歩きながら、青年は先刻上司と交わした会話を思い返していた。

『――オスカー、変わったわね』

 そんな風に言われたのは初めてだった。
 自覚はまるで無かったが、常に一歩引いた立場で団員を見守り続けてきた女騎士の見立てであれば、気のせいだろうと切って捨てることも憚られて、オスカーはその原因について思いを巡らせる。
 「最近」という彼女の口振りからして、変化を感じたのは少なくともここ一年以内の事だろうと推測できた。あの過酷な戦乱を生き抜いた事で、自身の成長や環境の激変、それに伴う心境の変化は当然あっただろう。しかし、ティアマトの言う「変わった」とは、どうもそういったものとは違うような気がしていた。

(この一年の間に、私に何かしら変化があったのだとしたら――)

 オスカーは自問する。
 思い当たる原因は、ひとつしか無かった。



「いやぁ、司祭様には何と礼を言っていいか。
 人間だけでなく馬の怪我まで治してくださるとは、本当にありがたいこって」
「いえ、そんな。大した事はしていませんから」
 任務の報告を済ませたオスカーが戻ってきた時には、救出作業はあらかた終わっていた。既に運び出された後なのか、怪我人らしき姿は見当たらない。
 土に汚れた人々が崩れた家の残骸をせっせと片している傍で、荷運び用の馬が地面に座り込んでいる。その横に立ち、何度も頭を下げる男性に、白い法衣の青年がどこか困ったような微笑みで応えていた。

「遅えよ兄貴! もうほとんど終わっちまったぜ?」
 瓦礫の片付けを手伝っていたボーレが、近づいてきた兄の姿に気づいて声を上げる。それにつられて、男性と会話していたキルロイも振り向いた。
「お帰り、オスカー」
「遅くなってすまない」
 言外に状況説明を求める空気を察したのか、問いかける前にキルロイが口を開く。
「建物の下敷きになっていた人は、助け出されて治療も済んだよ。幸いそこまでひどい怪我じゃなかったし、さっき診療所に運ばれたから、心配は無いと思う」
「そうか。それは何よりだ」
 二人の青年の会話に、横合いから業を煮やしたようなボーレの声が割り込んできた。
「おい兄貴! こっちはまだ作業残ってんだから、喋ってねえで手伝えって!」
「忙しないな……すまないがキルロイ、荷物を頼めるかい」
「うん、任せて」
 馬は兵舎に繋いできていたので、最低限の手荷物だけを友人に預けると、オスカーは残骸の山の方へと向かった。


 人手が多かったのもあって、小一時間後には目立つ大きさの瓦礫はほぼ撤去することが出来た。
「助かったよ、ありがとな。後は俺達だけで十分だから、あんたらは自分の仕事に戻ってくれ」
 まとめ役と思しき壮年の男性が、厳つい顔に笑みを浮かべて三人に感謝を述べる。
「では、そうさせて頂きます。大した事は出来ませんでしたが」
「いやいや、そこの坊主は見かけによらず力持ちだし、司祭様は足痛めた馬にまで貴重な杖を使ってくれて、本当に助かったぜ」
 おっと勿論あんたもな、と付け加える男に、オスカーは苦笑いで応えた。
「いやあ、流石は名高い救国の英雄、グレイル傭兵団だ。そこらの傭兵だったら、こんな金にならねえ事を引き受けてくれたりしねぇもんな」
「王宮騎士団も、こういう細かい所にはなかなか手が回らんで、ありがたい限りじゃ」
「やっぱカッコイイよなぁ、器が違うって言うか」
 周囲の街人達が口々にそう言い合うのを聞き、オスカーの微笑みが一瞬引きつる。即座に取り繕いながら、傍らのボーレを肘で軽く突いた。
「……名乗ったのか?」
「名乗ってねえけど、バレたんだよ……」
 小声での問いかけに、辟易したような表情で弟が囁き返してくる。どうやら彼らが思っている以上に、団員達の顔は民衆に知られているらしい――なるべく目立ちたくはなかったんだが、とオスカーは顔には出さず溜息をついた。
「それでは、我々は先に失礼いたします」
「おう、我らがクリミアの英雄殿にも礼を言っといてくれよ!」
 英雄、という響きが背中にずんとのしかかるのを感じながら、青年は二人を促して兵舎へと歩き始めた。


「――やれやれ。参ったな」
 見送る街人達が見えない位置まで来てから、オスカーは溜息と共にそう零した。
「なるべく目立たないようにって、アイクから言われてるのにね……」
 申し訳無さそうな表情のキルロイ。不可抗力とは言え、結果的に団長の言いつけを破る形になってしまった事を後悔しているのが、その顔からありありと窺えた。
「英雄だぜ、英雄? なーんか、そんな事言われても実感ねえよなぁ」
 普段はお調子者の青年ですら、その御大層な持ち上げられ方に気後れしているようだった。頭の後ろで手を組みながら、むず痒いような複雑な表情を浮かべている。
「そうだな。
 ……『英雄』なんて称号は、私達のような一介の平民には重すぎる」
 オスカーの呟きに、並んで歩く二人も沈黙で同意を示した。

「――で、ティアマトさんへの報告は済んだんだろ?」
 重い空気を無理やり変えるかのように、ボーレがいつもの調子で明るい声を出す。
「ああ。二人の件も伝えておいた。
 今は仕事が入っていないから、次の任務まで無理せず休むように、との事だ」
「よっしゃあ! 久々にがっつり寝られるぜぇ!」
 ボーレが喜色満面にガッツポーズを取る。ここのところ働き詰めだった上、瓦礫運びという予定外の肉体労働までこなしたのだ。元気が服を着て歩いているようなこの青年と言えども、流石に堪えたのだろう。
「寝るのは構わないが、食事にはちゃんと起きてくるんだぞ。寝過ごして食べ損ねても知らないからな?」
「わーってるよ!」
 時間が勿体無いとばかりに、適当な返事を残してボーレが駆け出していく。その背中を呆れ半分、慈しみ半分で見送るオスカーと、そんな兄弟を微笑ましげに見守るキルロイとが後に残された。
「――オスカーはどうする? まだ夕食までには時間があるけれど」
「そうだな……」
 友人の問いかけに、青年はしばし思考を巡らせる。
 弟のように仮眠を取るにはいささか中途半端な時間だし、次の仕事に備えて準備をしておくか――そこまで考えて、ふと思いついた事は。
「君が疲れていなければだが……良かったら、久々に一局どうだい?」
 右手で駒を進める動作をして見せると、キルロイは鳶色の瞳をひとつ瞬いた後、笑顔を浮かべて頷いた。
「――うん、喜んで」



 一夜明けて、よく晴れた朝。

 ここ最近では珍しく、次の任務の指示はまだ来ない。久々の非番となったオスカーは、兵舎一階隅にある談話室で武具の点検と手入れに勤しんでいた。
 部屋には6人掛けのテーブルと長椅子が4組置かれており、兵舎に暮らす騎士達の休憩兼歓談所として用意された部屋であろう事が窺える。しかし兵舎の隅という位置が不便なのか、王宮騎士達がこの部屋を使っている様子はついぞ見られない。それを良いことに、現在は彼らグレイル傭兵団の面々がほぼ貸し切り状態で使っているのだった。

 先日の遠出で砂埃をかぶっていた鎧を磨き終え、オスカーは一息ついた。続いてテーブル脇に立て掛けた槍に手を伸ばそうとして、ふと横目で傍らを見る。
 成人男性が余裕を持って座れるサイズの長椅子。その隣に座る青年は、何やら難しい顔をして読書に没頭していた。頁の上で文字を追う白い指先と、真剣そのものの横顔――オスカーは槍に伸ばしかけていた手を戻し、頬杖を突いてそれを眺める。
「……あ」
 気配を察して本から目を離したキルロイが、自身を見つめる友人の視線に気づいて気恥ずかしげな表情を浮かべた。
「えっと……どうかした?」
「いや、随分と真剣に読んでいるなと思ってね」
 貸した側としては嬉しい限りだが、とオスカーは内心で付け加える。
 今キルロイが読んでいるチェスの指南書は、オスカーが自身の私物を貸し与えたものだ。貸したのはもう一年前になるが、あの戦争の最中では読む暇など無かっただろう。彼自身は既に内容の大半を暗記済みであり、貸したままでも特に困りはしなかった。
「うん……だって」
 不満気に尖らせた唇を隠すように、顔の下半分を本で隠すキルロイ。
「やっぱり、悔しかったから……」
 本の向こうでもごもごと呟く声が、微かに耳に届いた。

 昨日、二人は約一年ぶりにチェス盤を挟んで相対した。結果は――いつも通りと言うべきか、オスカーの圧勝。
 一年のブランクがあったのは双方ともに同じであったにも関わらず、対局を始めた頃と同じくらいあっさり負けてしまった事実が、キルロイには少なからずショックだったようで、昨夜からこうして借りたままだった指南書を熱心に読み耽っているのだった。
 負けた事そのものが悔しいのではなく、相手と対等に渡り合えない自分自身を不甲斐なく思うが故なのだろうと、彼の懸命な姿を見ていたオスカーは推測していた。自分が勝ちたいからではなく、相手につまらない思いをさせない為に。

 この友人は、そういう性格なのだ――どこまでも人に優しく、他者の為に力を尽くそうとする。
 なればこそ、とオスカーは思う。
 自分を変えたものがあるとすれば、それは彼の影響としか考えられないのだと。


『――嘘つき!』

『辛い時はちゃんと辛いって言わないと、いくらオスカーだって……いつか壊れてしまうよ……』


 あれは、一ヶ月前の夜だったか。
 当事者である自分よりも、彼の方が泣きそうな顔をしていたことをよく覚えている。

 戦場で生死に関わる大怪我を負った弟を前にして、動揺や不安が無かったと言ったら嘘になる。けれど、自分がそれを露わにしてしまえば、末の弟や仲間たちを余計不安にさせてしまうだろう事は解っていた。
 だから、隠した。感情を表に出すことなく、平静を装って。
 物心ついてからずっと、そういう風にして生きてきた。歳の離れた弟二人の兄として、傭兵として――常に支え、見守り、頼られる側であり続けた。それが当たり前だったし、疑問や不満に思ったことなど無かった。

 そこに、この友人は一石を投じたのだ。
 水に石を投げ込んでも、その瞬間に広がった波紋はやがて跡形もなく消え、水面はまた元のように凪ぐだろう。だが水底に沈んだ石は、見えないだけで確かにそこに存在し続ける。
 あの時、彼が自分に投げかけた言葉――否、言葉だけではない。彼の想い、相手を思いやる真摯な心。それは水底の石のようにこの身の内に浸透し、今なお確かな存在感をもって残り続けているのだと。
 自分自身すらも気づかなかった。だが、今なら解る。ティアマトに告げられた言葉の意味。自身を変えたものが何であったのか。


「……何か、子供みたいだよね。むきになって、意地張っちゃって」
 相手の沈黙を呆れていると取ったのか、キルロイは自嘲気味に笑って本を机の上に置いた。その声を期に物思いを中断し、いや、とかぶりを振る。
「私は、君のそういう所が好きだよ」
 何の衒いも無く正直に告げて、オスカーは脇に置いてあった槍を取った。鈍く輝く穂先を磨き始めて……友人から何の反応も返ってこないことを訝しむ。

 振り向いた視線の先、キルロイはひどく戸惑ったような、呆気に取られた表情を浮かべていた。まるで、何か信じられないものを見たかのように。
 何かおかしな事を言ってしまったのかとオスカーが自問するほどに、その沈黙は長かった。

「あ……うん。その、ありがとう……」
 ようやく返ってきた反応は、油の切れたブリキ人形のようにぎこちない微笑みと、ためらいがちな感謝の言葉。
 その態度を訝しみつつも、オスカーはそれ以上追及することはせず、再び自分の作業に戻った。




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